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出会い
小嶽原実夕子には願い事がある。
一つは、自分の持っている幽霊が見える力をなくしたいということ。
そしてもう一つは、普通の女の子に戻ったら何でも話せる友達を作りたい、ということ。
ずっと一人だった。
実夕子が周りとなじめなかったのはだいたいが自分のせい――という自覚がある。
中学二年生という年齢が、そういった自分への冷静な評価を下していた。
幽霊が見えることは、それほど大した理由ではないのだ。
見えたことを誰かに話さなければ、変に思われることはない。
実夕子が恐れていたのは、自分の言動でそれがバレてしまうことである。
「おーい、多田! まじめにやれー」
多田さんを注意する体育の先生の声で我に返った。
今日は体力測定。
自分の番が回ってくるまで、みなおしゃべりに興じている。
「うはぁ、ごめんなさーい」
笑ってごまかそうとする多田さんに、周りがクスクス笑っている。
多田真津乃――今年から同じクラスになった娘だ。
あまり体育の成績は良くない――というよりまじめにやっていない。
実夕子にはそういうふうに見えていた。
授業などはたまに寝ていることもあるが、基本的にまじめに受けている方に見える。
でも体育だけは、がんばって手を抜いている、というように見えた。
もちろん本気で体育をやっている人は少ない。
本気すぎるはちょっとカッコ悪い、というような空気もある。
それでも多田さんのそれはちょっと別に感じた。
「おい、多田。測定器、新しいの取ってきてもらったから、おまえ後で測りなおしな」
「はーい。がんばります!」
そういえばさっきの握力測定で多田さんの番で測定器こわれちゃったんだっけ。
運も悪いんだろうなぁ。
そんなことを思っていると、自分の番が回ってくる。
運動は得意ではないが、平均値くらいを目指してどうにかがんばってみる。
去年よりは伸びているように、実夕子はそこそこの満足感である。
「おーし、次……ストラヴィンスキー」
「………」
「スタニャ・ストラヴィンスキー。どうした?」
「え? あ、はい!」
いつもぼんやりしているスタニャさん。
彼女はいつも誰とも話そうとはしない。
海外の出身らしいけど、日本語がダメというわけでもない。
国語の授業もちゃんと成績がいいらしい。
でも、彼女は極力、人と話そうとしていない。
それにいつもぼんやりとしていて、どこか上の空だ。
なんだか音楽でも聴きながら授業を受けているような、そんな感じ。
きれいな娘だから注目の的ではあるのだけど、いつも困ったように笑うだけなのだ。
自分から誰かに話しかけるようなことをするわけではない実夕子にとっては、きっと多田さんもスタニャさんも、ずっと話すことはないのだろうな。
そういうふうに思った。
男子の測定に移り、女子たちは待機となるといよいよ仲のいいもの同士で会話に花が咲く。
こういう時の居方に実夕子はどうしても困る。
話す人がいないからだ。
寂しそうにしているのも惨めだし、だからと言って孤高を気取りたいわけでもない。
なんとも居心地悪くぼんやりしているふりをしていると、隣で話しているクラスメイトの会話が聞こえてきた。
「ねぇねぇ、知ってる?」
「なに?」
「深大寺に願いがかなえられる泉があるんだって」
ピクッ!
その言葉に実夕子は思わず聞き耳を立ててしまった。
「へぇ。どこにあるの、その泉って?」
「それがね、普段はないんだって」
「どういうこと?」
「普段はヒトの目に触れないんだけど、深夜の月明かりの下では、その泉が姿を現してきた人のお願いを聞いてくれるんだって」
「なにそれぇ。うそくさーい」
「だよね」
笑う彼女たちは、ちょっとした噂話のつもりだったのかもしれない。
しかし実夕子はいてもたってもいられない気持ちになった。
――願いをかなえてくれる!
それは本当なのだろうか?
彼女たちは冗談のような噂話として受け取っていた。
でも自分にとっては、藁にもすがりたい思いで、そちらに目が行ってしまう。
と、その時、驚いた顔でその女子たちを見ている多田さんと目が合ってしまった。
バッ!
彼女は実夕子と目が合った瞬間、すぐにそらしてしまう。
実夕子もまた同じような行動をしていたので、
(はぁ……びっくりした)
と胸を撫でる。
それとなく周りを見渡すような体で、多田さんを見ていたわけではないですよアピールをしてお茶を濁そう。
そう思って周りに目をやる。
すると思わぬものが目に留まった。
「………ふふ……ふふふ」
スタニャさんが、今まで見たことのないような笑みを浮かべていたのである。
いつも清楚で可憐な笑顔ではない。
とてつもない宝の地図を手に入れてしまった海賊のような笑み。
何事だろうと思いながら、実夕子は再び視線を足元に戻した。
今日は妙なことが起きすぎているのではないか。
そんなふうに思ってしまったからだ。
だが、そんな実夕子の胸には決意が固まっていた。
一縷の希望に縋る、そんな鋭い眼差しで、これからすべきことを考える。
「小嶽原、用具の片づけを………おい、小嶽原、怒ってるのか?」
教員の心配をよそに実夕子は今夜にでも実行すべきことを頭の中に描いた。
深夜――。
ソロリ……ソロリ……。
寝静まった家の廊下で足音を忍ばせる。
祖母は一度寝付いたら、起きないタイプ……と思っているが、実際どうかわからない。
おやすみを言ってから、外着を着て布団に入ってよかった。
起きてから着替えていては衣擦れの音で気付かれるかもしれなかった。
玄関は昔ながらの引き戸で、開ける時にガラガラすごい音がする。
なので勝手口から外へ出ることにする。
あらかじめ、家に帰ってすぐに勝手口のドアには油をさしておいた。
おかげで一切の音もなく、スッとドアが開く。
夜の住宅街はいやに静か。
人通りは当然ながら、車すらも来ない。
「………こわい」
実夕子にとって怖いのは幽霊よりも、深夜の静けさの方だった。
いっそ幽霊が見えてしまってもいいかも、と思ってしまう。
でも実際に幽霊の見えるチャンネルに合わせしまうと、ついてきちゃったり、なんか言ってきたりで、目的を果たすことができない。
今はなにも見ないように注意しながら、不審者なんかにより注意を払う。
実際、幽霊よりもそっちの方がよっぽど怖い。
深大寺は通っている中学へ行く途中にある。
つまりはいつもの通学路を行くわけなのだが、夜中というだけで雰囲気が全然違う。
それでも自転車をこぎ始めて五分もすると慣れてくる。
さっきまでの恐怖はどこへやら。
どちらかというと……。
(警察とかに補導されるほうが心配になってきました)
中学生がこの時間に自転車をこいでいたら、100%声を掛けられる。
出来るだけ大きい道路を避け、民家の隙間を縫うように向かった。
夜の住宅街はとかく静か。
深大寺が近づいてくるとそんな民家もまばらになりだす。
(こわい……)
木々のざわめきにもビクッとしてしまう。
ようやく深大寺についたころには、想定していた時間をずいぶん過ぎていた。
いつもなら十分で来れる道を、一時間かけていたのだ。
とはいえ、こうなるかもしれないことは想定していた。
(つづく)
著者:内堀優一