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2020.04.07

【第01回】“アンチ天才”のボトムズ流仕事術

「仕事は、お互いに利用し合うのがいいよね」

“アンチ天才”のボトムズ流仕事術
2007年8⽉22⽇(⽔) 渡辺由美⼦

 アニメーションの現場は、1作品当たりのべ100⼈あまりの⼈間が携わる集団作業の場だ。絵を描く者、脚本、演出、進⾏、さまざまな職種に分かれた、仕事上の都合がぶつかり合うメンバーを取りまとめ、ひとつの作品を作る、それだけでも過酷なのに、作品には常に新しさ、時代性、採算性が求められる。そして移り気なファンたちは容赦なく叫ぶ。「次︕」と。

 そこで⽣き残ってきた、64歳の「現場監督」が、⾼橋良輔⽒だ。

 ⾼橋⽒は、「千と千尋の神隠し」のスタジオジブリを率いる宮崎駿⽒、「機動戦⼠ガンダム」を世に送り出した富野由悠季⽒、あるいは「イノセンス」の押井守⽒といった、きら星のごとき知名度はない。⽒⾃らが認める。「僕は“天才”ではまったくありません」と。しかし、⾼橋監督の代表作「装甲騎兵ボトムズ」は、放映から24年を経てこの夏さらに続編が制作され、プラモデルが出れば⼀度に何万個も売れる。

 そして⾼橋⽒は今も現場に⽴ち、「戦場カメラマン」や「幕末」を題材にした、誰よりも先鋭的な新作を作り続けている。率いられる若⼿スタッフからは「なんだか知らないが、⾼橋さんがいると“働かされて”しまう」と、ぼやきまじりの敬意が聞こえてくるのだ。

 天才ならぬ⾼橋良輔⽒が⽣き残ることができ、いまだに新しい作品に挑み続けられる理由は何なのか。ひとつの答えは、彼が集団作業の「現場」にとことん強いことにあるだろう。戦略ではなく、局地戦で、塹壕で戦うプロなのだ。

 常に地⾯を這う⽬線での戦い⽅、彼の作品に添って⾔えば、ヒーローではなくひとりの兵⼠、「ボトムズ」乗りとしての働き⽅を、⾼橋⽒がこよなく愛する私鉄沿線の居酒屋で、カウンターに同席した気分で聞いていただこう。


―― ⾼橋監督は、1983年に「装甲騎兵ボトムズ」で、今の30〜40代層を中⼼に鮮烈な印象を残し、それ以降も、近未来⽇本を舞台に⾃衛隊が⾰命を起こそうとする「ガサラキ」、戦場カメラマンを主役に据え、⺠族紛争を描く「FLAG(フラッグ)」と、現在に⾄るまでコンスタントに話題作を作っていますね。そして今は「ボトムズ」の新作「ペールゼン・ファイルズ(第1巻2007年10⽉26⽇発売)」を制作中と…ところで、監督はいまお幾つでしたか?

⾼橋 64歳になりますね。

―― そこは驚くところですよね。アニメの制作現場は、アニメに憧れる若い⼈がどんどん⼊ってくる反⾯、ハードワークなためにどんどん辞めていってしまうという声も聞こえてきます。その現場で制作のすべてを⾒渡して、スタッフを指揮する監督業というのは、相当な体⼒、気⼒が必要だと思うのですが。

⾼橋 僕ぐらいの年齢のクリエイターも、まだ現場にいますよ。ただ、やっぱり年を取ると数は少なくなりますね。僕がいるサンライズという会社でも、ほとんどのスタッフが年下です。

―― ずっと現場にいたい理由は︖

⾼橋 僕はいつでも新しいことをやっていたいんですよ。アニメーションの中で、どんな新しいことができるかに興味があって。

「売れ筋」を外しても、世界は広がる

―― 新しいといえば、最近、総監督として⼿がけられた「FLAG(フラッグ)」(製作はアニプレックス)は相当新しかったですね。主⼈公が戦場カメラマン、だから、画⾯はすべて、主⼈公が向けたカメラのフレーム越しという……表現⽅法として「これがよく実現できたなあ」というか、よく企画が通ったなと思ったくらいです。

高橋良輔,ボトムズ,バンダイ,スーパーミニプラ,オブソリート
「現場監督」 ⾼橋良輔⽒ (写真︓⼤槻純⼀、以下同)


⾼橋
 あれはね、僕は原作・総監督であると同時にプロデューサー的な⽴場でも関わっていたんだけど、プロデューサーとしては“間違っちゃった”作品なんですよね(笑)。

―― え(笑)。

⾼橋 僕のやりたい⽅向に振りすぎてしまって。あなた同様、何⼈もの⼈に「よくあの企画通ったねぇ」って⾔われたもの。今現在は、まぁ、そんなに⾃慢できるような売れ⽅はしていないし(笑)。

―― 戦場カメラマンと⺠族紛争が題材では、今どきのアニメの売れ筋、いわゆる“萌え要素”が全然出てきませんしね。

⾼橋 でも、今現在それほど売れていないからって、全部間違ったとは思っていないんですよ。
 「FLAG」みたいな作品を作ることで、アニメーションの対象になる“素材”というのを1つ広げることができるかもしれない、と思ったんです。
 ⽇本のアニメーションは最初は⼦供向けとして始まったんだけど、⽂学性とかファンタジーとかいろんな素材を取り込んでいって、世界に類のない形で発展してきたという歴史があるんですね。
 でも、アニメはもう発達の峠は越えて、頭が天井にぶつかって、今、下がり始めている。プライムタイムからアニメがなくなって深夜に移動して、深夜だから、お客さんはアニメ愛好者に限定されますよね。表現としてはさっきあなたが⾔ったとおり、公式が⾒えちゃっているんです。美少⼥を出せばいい、みたいな。今のアニメは、本数がたくさんあるわりに表現としては広がりが出にくい状況というのはありますよね。

―― なるほど。

⾼橋 今、当たらなくても、フィルムというのは消滅しちゃうわけじゃないですから。後から出てくるクリエイターで「俺だったら『FLAG』の⽅法論を使ってもうちょっとうまくやるぞ」という⼈が出てくれば、また新たな表現⽅法を獲得したということになるわけで……。だから、作り⼿としては、それは当たる⽅がいいに決まっているけど(笑)、当たらなくてもやってみたいということがありますね。

「ひとつひとつ、きちんと成功、しなくていい」

―― でも、ものすごく不思議なんですが、この…当たるかどうか分からない、いえ、相当難しそうな企画を、どのように通されたんですか︖ アニメ制作会社に限らず、企業は儲からない企画に対してゴーサインは出さないですよね。だから、たいていの⼈は「この企画は本当に儲かるのかな」と考え込んで、企画を出すこと⾃体に躊躇しがちなわけですが。

⾼橋 ああ、僕はまず「ひとつの仕事でそんなに、きちんきちんと成功しなくてもいいんだ」って、思っているんですよね。

―― ええ︖

⾼橋 ひとつの作品だけで、そんなにきちんきちんとした成果というか、結論は出さなくていいんだ、⼤ざっぱでいいんだ、というのが僕の中にあるんです。
 たとえば僕個⼈の「収⼊」ということでいっても、この仕事で⾜りなかった分は、他の仕事で⽳埋めしてもいいんです。だって、個⼈において1年過ごす必要なお⾦というのはだいたい決まっていて、それはどこから⼊ってきてもいいわけですから。

―― お⾦に⾊はないですからね。儲からない作品があれば、儲かる作品で補填すると。

世代差は利⽤しあってこそ

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⾼橋良輔⽒


⾼橋
 実作者の実感として、全部の収⼊を、作りたい作品でまかなうのはなかなか難しいんですよね。ですから、違う作品で儲けて、全体として会社に貢献することができればいいんです。ヒット作を⽣み出すには運の要素が多分にあって、だからこそ制作にはチャンスがたくさん要るんです。だから僕は「いいのがありまっせ」と詐欺みたいなことをしょっちゅう⾔っている(笑)。「何であいつばっかり好きなことやって」と⾔われたりしますよ。でも、「それはそういうときもありますよ」、と(笑)。

―― でも、そんな“詐欺みたいな持ちかけ⽅”だとしても、それで企画が通るというのは、これまでに確たる実績があるからですよね。若い⼈たちだけでは、それこそ萌え要素抜きでオリジナルの実験作をやろうとしても、なかなかそうはいかない。

⾼橋 僕は今、「FLAG」をやって、確実によかったなと思えるのは、監督した寺⽥和男君が、「⾃分が今までやった仕事の中で最⾼だった」と、⾃⼰評価してくれていることですね。
 僕がずっと頼りにしてきた後輩が、アニメーションをやっていてこの期間が…とりあえずはね、⼀番楽しかったと⾔うんだから、それはよかったんだろうなと。

―― 監督が実績を武器に企画を通すことで、若い⼈のメリットにも繋がっていくと︖

⾼橋 僕は、「世代はお互いに利⽤し合うのがいい」と思うんですね。利⽤といっても、悪い意味でじゃなくて。若いのと年寄りで、お互いに無いところを補い合うと。双⽅、絶対に⽋けている部分があるわけですから。若い⼈は経験が少ないけれども、時代に対する敏感さといったらやっぱり若い⼈の⽅がある。

「しかし、僕には彼らに伍す才能がない」

―― そういう監督は、どのような若い頃を過ごされたんですか。

⾼橋 僕の同世代は、宮崎駿さん(「⾵の⾕のナウシカ」他)、富野由悠季さん(「機動戦⼠ガンダム」他)、出崎統さん(「あしたのジョー2」他)がいました。

―― それはまた…。ビル・ゲイツとスティーブ・ジョブズと、ついでにカルロス・ゴーンさんまで同期⼊社みたいなものですね。豪華にもほどがありますね(笑)。

⾼橋 だから、アニメ制作会社⼊社直後にいきなり挫折ですよ。「この連中はすごい。天才だ。俺にはこの連中と伍して仕事をする才能がない」って。

―― そこからどう⽴ち上がって来られたのか、ぜひ聞かせてください。

(次回に続く)


※本連載は、2007年に公開されたインタビューのリバイバル掲載になります。 

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