サンライズワールド

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2021.10.01

【第08回】リバイバル連載:サンライズ創業30周年企画「アトムの遺伝子 ガンダムの夢」

 

その8「ユタカの上のぺこぺこが最初」

 今回のゲスト、半藤(半藤克美)さんの主宰する[スタジオ・ユニ]は鷺宮にある。取材スタッフとは西武新宿線の鷺ノ宮駅で待ち合わせをした。私はスタッフに軽く半藤さんのガイダンスをしながらスタジオへの道を歩いた。

「サンライズ創業の7人は虫プロ出身だけれど、その誰よりも半藤さんは虫プロの先輩なんだ。それと、なんと言ってもテレビアニメーションの背景の元祖、テレビアニメの背景はこの人から始まっているんだ」

スタッフが質問する。

「でも、創業者ではないんですよね」
「創業者も会社を作るなんて初めてのことだし、色々と出だしはゴタゴタしたらしい。ま、半藤さんはそれやこれやのことも先達で、人集めやらなんやら結構面倒を見たらしいんだな。その辺りのことや当時の雰囲気を聞くのが今日の目的なんだ」

ざっと、こんな話をしているうちに駅から5分ほどのスタジオ・ユニに到着した。
取材は半藤さんのオフイスで行われた。
 

アトムのころは、“竹の定規”
セルロイドの定規はなかった

高橋「半藤さんは虫プロが最初ですよね」
半藤「そうそう」
高橋「まだその時は学生だった?」
半藤「学生」
高橋「半藤さんが一番最初なんですか、背景は?」
半藤「そうそう」
高橋「他にいなかった」
半藤「[ある街角の物語]をやってるとき、東映動画から教えに来てくれる人がいて・・・・」
高橋「アニメーションの美術としては手ほどきを受けたわけ?」
半藤「手ほどきというかなあ、ボードだけ描いて帰っちゃうわけ。だから後は山本暎一さんが来て『背景っていうのはこうなんだ』って教えてくれて、さ」
高橋「背景を描くときの[溝引き]は半藤さんが取り入れたの?あの、ものすごく具体的なことなんだけど‥」
半藤「そうそう」
高橋「本当に」
半藤「マジよ。あれはね、最初俺も[烏口]使っていたんだよ。あれはめんどくさい・・・・。当時、ガラス棒なんかなかったから竹をね、自分で削って・・・・、竹でもって玉を作ってたわけ。それを持ってきたの。そうしたらさ、“これは便利だ”と。虫プロのアトムのころは溝引きは、全部“竹の定規”を使ってたんだ。セルロイドの定規はなかった。竹の定規は浅いじゃん、溝が・・・・。浅いんだよ、あれ。だから、釘の頭の先で彫ってさ。そいでガラス棒は病院からもってきたんだよ・・・・(病院ってガラス棒使うじゃない・・・・、俺の姉さんが病院に行ってたから‥)あれを使ったわけ。そのうちに画材屋の[東洋美術]に『お前、これ何とかならんか』ってことで。それでセルロイドの定規を持ってきたわけ」
高橋「それまであの定規に溝はなかったの?」
半藤「浅かったんだよ」
高橋「じゃあもうちょっと深くした」
半藤「それから深くなったんだよ、あれは‥」

[溝引き]と言うのは絵筆と先の丸いガラス棒を同時に持って、ガラス棒の先の玉の部分を物差しの溝に沿って走らせてきっちりした直線を引く技法であるが・・・・。これがアニメの背景作業には欠かせぬものなのである。30分もののテレビアニメーションは作品に差異があるものの、およそ300ショットほどであろうか。ほとんどのショットに背景は必要であるから言うまでもなく生産性はものすごく大事である。この生産性に[溝引き]が大きく貢献しているのだ。特にSF作品には直線が多用される。溝引きを使わない背景などは考えられない。
 

手塚治虫がスタジオを作るって
俺も呼ばれて・・・・

 

高橋「半藤さん、[ジャック]の八村さんは学年1つ下なの?」
半藤「そうそう。学年は同じなんだけど俺はデザイン科出てるから。それから洋画へ移ったから1年下だ」
高橋「半藤さん、油絵じゃなかったんですか?」
半藤「最初はデザイン科だった」
高橋「デザイン科の方が長いの?」
半藤「いや、短大だったから、あの頃は」
高橋「あ、そうなんだ」
半藤「で、そこを出て、それから洋画の2年に編入出来るわけ。だから洋画では3年」
高橋「半藤さん学生の頃アニメーションって頭の中になかったでしょう」
半藤「ないない、全然。俺、手塚の漫画って読んだこと無かった」
高橋「で、入ったきっかけは?アルバイト?就職?」
半藤「そろそろ就職しようかなって思ってたわけよ。そいでコンちゃん(紺野修二)がさ、国立(中央線)のホームでさ、『お前、手塚治虫って知ってるか』って。『名前は聞いてますよ』ってさ。当時は“動画”って言ってたんだよな。『手塚治虫が動画のスタジオを作る』って言っていた。俺も呼ばれて・・・・」
高橋「紺野さん、東映動画に行ってたんでしょ?」
半藤「東映動画から手塚治虫に引っ張られて。・・・・とにかく『絵を描くんだったら背景ってやってみないか』っていうわけ。で、その日だよ。『じゃあお前、昼、富士見台まで来てくれ』って、試験なんだよ、これが。」
高橋「で、手塚先生に会ったの?」
半藤「会った。会った。」
高橋「今から思うと痩せてましたよね」
半藤「痩せてた。あの当時まだ5人しかいなかったんだけどさ。それで坂本雄作さんが来てさ、1枚描いてくれって(笑)。何にも分からんわけ。で、子供が使うポスターカラーが20本ぐらいあったよ、それでともかく描いたわけ、そこで‥。わけ分からんうちにさ。で、まあ描いたわけよ、想像で。でもう、『じゃあ明日来てくれ』って言うの。ええって!? あれでいいのって。じゃあまあ行ってみるかって、それで行ったら、これがまたさ、すぐ仕事だよ(笑)。背景のはの字もわからない。じゃあまあアルバイトでいいかって気で・・・・。それがずっと今もアルバイトになっちゃてるわけ(笑)」
高橋「で、少しでもアニメーション好きになった?」
半藤「まあ、これでおまんま食ってるしな。 それから図書館で手塚の本をさ、ほとんど読んだ。漫画を。原作をな。」
高橋「紺野さんは学校の先輩なわけですよね」
半藤「そうそう。・・・・奥さんも学校の先輩」
高橋「確か、のこぎりで追い回された‥(笑)」
半藤「そうよ!」
高橋「僕にとっては優しい人でね。昼時に時おり『リョウスケ君、お茶のみに行こう』って言うの。ついて行くとこれがお鮨屋さん。鮨屋ではほら“あがり”って言って大きな湯飲みにお茶が出るじゃない。ま、今から考えるとちょっと気取りが感じられるけど、当時の僕にとってはお鮨なんて豪華極まりない。『お茶行こう』って言葉がうれしくってね」
半藤「お前は調子いいから、好かれていた」
高橋「僕が虫プロに入ったときその紺野さんも半藤さんも入れ替わりに辞めたんですよ」
半藤「俺は、良ちゃんが入って2~3ヶ月いたんじゃない」
高橋「いたと言っても、もう会社にはあまり来ていなかった」
半藤「そうそう(笑)」
 

[宇宙エース]の背景は
俺と椋尾でやってたんだ 

高橋「東京ムービーを?」
半藤「藤岡豊と一緒に創った」
高橋「その間はどのくらいあったんですか? ムービー時代」
半藤「ムービー時代は1年半ぐらいか」
高橋「ムービーの創立メンバーなわけ? それともただ美術として参加した?」
半藤「いやいや、創立メンバー」
高橋「創立メンバー。で、一年半ぐらいで辞めて」
半藤「辞めたんじゃない。クビになったの」
高橋「わがままだから?」
半藤「いやいや(笑)バカ言っちゃいけない。[ビッグX]がさ、当たらなかったわけ。それで経営も怪しくなって、責任取らされたと言うか、まあ、今で言うリストラよ」
高橋「リストラ・・・・?」
半藤「それから、ムービーをクビになって、丁度吉田竜夫が[宇宙エース]をやるってことで、ちょっと来てくれって言ってきたわけ。」
高橋「それは半藤さん個人に?」
半藤「そうそう。タツノコで初めて外注になったわけだ。で、予算を組まなくちゃならない。じゃあ予算どうしようかと。それでまだ前例がないわけだよね。白黒30分もののさ。確かあれ35、6万だったと思うよ。で、[宇宙エース]の背景だけ受けて、その時に椋尾篁を呼んで・・・・一緒にやってたんだ」
高橋「椋尾さんも同世代?」
半藤「椋尾と八村が同じ下宿だったわけ、国分寺の下宿でね。石森章太郎が一本何か、外部でやったんだよね。その背景をどこでやるかってことで、スタッフもいなかったんで、じゃあ俺のところでやろうってんで、そこで30分ものやったんだよ。その時のそれを参考にしたんだ」
高橋「石森さんのやったというのは多分アトムの[ミドロが沼の巻]。・・・・アトムをちょこっとやって、[宇宙エース]やってそれから?」
半藤「宇宙エース、あれは俺自宅でやってたんだから。宇宙エースの背景は俺と椋尾でやってたんだ。で、八村はもう虫プロに入ってたんだ。松本強とか・・・・。それから俺何やったんだっけ。[宇宙エース]が終わって・・・・[おそ松くん][かみなり坊やピッカリビー]それから・・・・」

36年も前の頃の話である。記憶は相当に怪しくなっている。怪しくなっている話は割愛して8年ぐらい飛ばしたところでサンライズとの接点が見えてきた。

半藤「それで岩崎が[ムーミン]やるってことでね、やってくれってことで谷原のカメダビルの上に、その時[スタジオ・ユニ]を作った」
高橋「虫プロの[ムーミン]が1972年、虫プロも末期症状だった。で、サンライズという話が出てくるわけだよね。その時に僕が知らなかったのは、僕はサンライズは[ゼロテスター]からだから、その前に[ハゼドン]があるんだけど、ハゼドンというのは僕は誤解してたんだけれども丸たんが制作やってると思ってたの」
半藤「やってないよ」
高橋「丸たんはやってなかったんだね。彼はシナリオ書いてたんだって?」
半藤「シナリオだけだよ。だってあれは虫プロから分かれるときに、制作には丸たんと岸本がいたわけだよ。丸たんもちょうど制作会社を創るってことで、蓋開けてみたらだあれもいないんだ、岸本の方に・・・・」

この1972年には[サンライズ]と[マッドハウス]と言う現在もっとも活発に活動しているプロダクションが誕生していたのだ。
サンライズに制作の人員が集まらなかったのは前年の1971年に岸本氏は[さすらいの太陽]('71年4月8日~同年9月30日)を手がけている。その頃丸山氏が手がけていたのが[国松さまのお通りだい]('71年10月6日~翌'72年9月25日)、つまり国松班はそのままマッドハウスに移行し、岸本氏のさすらい班は解散からほぼ1年が経過しバラバラになっていたということに要因があるというのが私の推測である。それを裏付けることとして半藤氏の次の証言がある。

 

半藤「あれね、今から思い出しても岩ちゃんっていうのは少し後から入ってきたんだよな。まだ虫プロの整理があるとか何とかでな。ハゼドンの頃はいなかったんだよね。それできっちゃんが『半藤、何とかしてくれ』って、当時行き場が決まっていなかった桜井正明とかさ、大竹宏とか石崎すすむ・・・・、あれ口説いて、ともかく『岸本を応援してくれ』ってさ。ただ頭がいなかった・・・・。彼らも進行としてそんなに腕がなかったからさ。広岡修がどっかにいてウロチョロしてたんで、『広岡、お前ちょっと手伝え』って。だからハセドンは広岡がやってるはずだよ」

半藤さんの言う[桜井正明][大竹宏][石崎すすむ]などは全て[さすらいの太陽]班関係者である。

高橋「沼本さんの言うには『半藤が制作やってたよ』って」
半藤「いやそれは、制作じゃないんだけども・・・・」
高橋「制作のアレンジをしてたのね」
半藤「そうそう」
高橋「人入れ稼業」
半藤「そうそう、そんな感じ」
高橋「そうなんだ」
半藤「最初のサンライズ、[ユタカ]の上のスタジオ、あれもきっちゃんと見に行って。ともかくね床がペコペコ・ペコペコしてたんだよ」
高橋「ひどかったね」
半藤「うん。で、床剥がしてね、下に何か入れてしっかりさせたわけよ。机から何から入れたのはきっちゃんと俺と二人だけでやったんだ」
 

最初のサンライズは
床がペコペコしてたんだ

 

半藤「岩っちゃんがきて、それからがっちりし始めたんだから、サンライズはね」
高橋「半藤さんはサンライズの関わりって、他のスタジオもあったけど、その時の関わりとしてはどういう感じだった?」
半藤「仕事としては一番長い」
高橋「[スタジオ・ユニ]はたいがいのプロダクションとある一定の距離を保ちながら一緒にやっていくって感じがあるじゃない。どこのプロダクションにしたってね。半藤さん自身は仕事が流れてくる先の会社という以外の思い入れみたいなのはあったんですか、サンライズに。」
半藤「今から見ると、俺なんかの感覚からすれば、やっぱり、まあ、虫プロ時代知ってた奴が多かったし、あれからいっぱい付き合ってきたけどやっぱサンライズってのにはあるねえ」
高橋「今生産力だけでいうと結果的にサンライズとマッドハウスって双璧なんだよね。それぞれに色合いは違うかもしれないけど、ものを作ってる量っていったら、どっちが多いともいえないよね」
半藤「今多いらしいよ、丸たんとこ。なんか凄いらしいな、今」
高橋「すると結果的にあの時期に虫プロを出てそれぞれが立ち上げた2つの会社が今、生産力が高いと。多いと・・・・・・・・・・・・。そのうちのマッドハウスとの付き合いってそんなにはないでしょ」
半藤「ない」
高橋「だからといって喧嘩してるわけでもない(笑)。サンライズの方が多くなったっていうのは、半藤さんのなかでは何かあったんですか」
半藤「やっぱ、きっちゃんだよ。岸本、岩崎、あのラインだよ。」
高橋「岩崎さんとは虫プロ時代接点は?」
半藤「だからムーミンさ」
高橋「きっちゃんとは在籍中にもあるんだよね」
半藤「もうずっとあった」
高橋「サンライズの創業者が7人もいる中で、最近でこそ山浦さん伊藤さんとの付き合いってのはできたけど、やっぱきっちゃんだったよね。岩ちゃんってのはあっても、岩ちゃんは酒飲まないからやっぱりどうしてもきっちゃん。
‥‥‥これ余談だけどね、きっちゃんと多分外で最後に酒飲んだの僕だろうと思う。っていうのは、最後はぐい呑み一杯飲めなかった」
半藤「あ、そう・・・・」
高橋「出てきたぐい飲みを半分美味しそうに呑んで・・・・・・・・・・・・・・・・それでもう残りの半分に手がつかなかった。もう飲めなかった。・・・・それもきっちゃんに呼び出されてさ、お前つき合えって言うから、馴染みの高田馬場の居酒屋。それから直ぐだった・・・・」

岸本吉氏の死亡は1981年10月2日。その月の23日に[太陽の牙ダグラム]は始まっている。

高橋「これがね、このぐい呑みが江古田時代と同じぐい呑みなわけ、厚手のね、底に二重丸の」
半藤「そうそうそう、あった」

岸本氏は虫プロのCM制作部の責任者をしていた時代がある。そのCM部のスタジオが江古田にあり、ここで[ゲバゲバ90分]のアニメパートは制作されていたのだ。まあ、この時代の虫プロの酒飲みは全員が江古田に集結しているような雰囲気があったが・・・・。

高橋「ぐい飲みはともかく、この酒がわからなかった。思い出せない銘柄が!」
半藤「だってあの当時銘柄なんていちいち気にしてなかった・・・・」
高橋「いや、きっちゃんはあったの。江古田時代もきっちゃんに呼び出されて、俺もきっちゃんと古いから。きっちゃんがね『良輔、この酒が上手い』だの『この酒が好きなんだ』って」
半藤「俺なんかは酒の銘柄よりも先ず飲めればいいと思ってたから。」
高橋「いや、きっちゃんはね、結構・・・・・・・・・・・・・・・・」
半藤「うるさかったんだ・・・・・・・・・・・・」
高橋「うるさいの。うるさいって言ってもようするにそんな細かくうるさいわけじゃないけども。半藤さんとか僕なんかは酒はなんでもいいみたいな、とりあえずね。コーヒーよりかは酒がいいってだけで。きっちゃんは本格的に酒が好きだったね。」
半藤「酒好きだったよな。」
高橋「酒をいとおしそうに飲むじゃない。」
半藤「美味しそうに飲む」
高橋「それで気になって、必死になって思い出したんだ。人に聞いたり色々して・・・・」
半藤「で、分かったのか」
高橋「江古田が[八重垣]馬場が[富翁]、ぐい飲みは同じ」
半藤「ふーん」

きっちゃんと酒の話はしばらく続いたが、浅井女史がそれがどうしたと言う顔をしているので話はサンライズに戻った。

高橋「半藤さんと岸本さんの仲では会社を創っていく、転がしていくってことでは共通の目標っていうか夢みたいなものとかそんなのあったんですか?」
半藤「そういう話はしないね。そういうことはショウテン(伊藤昌典)なんかとできてたんじゃないの。俺が覚えているのは、彼は制作だったんだよね。先ず作りたいんだと。作る現場を作りたいんだと。これははっきり何回も言ってたよな」
高橋「岸本さんと岩崎さん、両方とも制作なんだよ。だけど持ち味が・・・・・・・・・・・・」
半藤「持ち味違うよね」
高橋「きっちゃん、もともとね、映画青年だったんだよね。ワイルダーとかワイラーとかの話をしていた、ヒッチコックもね。日本だと今村昌平」
半藤「俺は、だから岸本っていうのはさ、制作なんだけど、本当のプロデューサーっていうか、ともかく作る。現場はあまり知らないし細かじゃないんだよな。ようするに各パートの彩色だとかどうのこうの現場だよ、ありゃああんまり興味なかったんじゃないかな」
高橋「でも、ドン(スケジュールの最後の最後)では結構色なんか塗っていた」
半藤「(笑)だってあれはどうしようもなかったからだよ。その辺をもう密にやったのが岩ちゃん。」
 

“ガンダムの成功”が
見えたところで死んじゃった

高橋「サンライズってのはね、初代から数えると現在は社長が4代目なんです。一番最初が岸本さんで、創映社、つまり植村さんとこ辞めてサンライズ一本になったときにそのまま岸本さんが社長になったわけですよ。これは自然の流れだったのかしら? 見た時どうだったんですか?」
半藤「それがね、俺あんまり話を聞いてなかったんだよね、その辺は。俺、岸本から当時聞いていたのは、『もう植村さんとは上手くいかない、こっちで一緒になろう』と。岸本から彼らを呼んだと聞いてたんだけどもね、当時。この前のゴルフの帰りに、山浦さんと伊藤さんに聞いた話だと、どうもね、話が違うんだよな‥」
高橋「どういうふうに違うの?」
半藤「伊藤さんとか山浦さんから言わせれば『冗談じゃない』と(笑)。『スタジオは岸本がやってたからね、そのまま(社長を)しばらくはやれ‥』と。そんな話をしてたよ、この前‥。これは俺も初耳だったんだ」
高橋「そのへんのところ当然、伊藤さんが話をするとすればそういうことになるよ」
半藤「まあな」
高橋「最後の頃、虫プロの同じ事業部に伊藤さん、山浦さん、岩崎さんがいた。この3人は仕事の中で分担がはっきりしている。今でもそうなの。ところがきっちゃんはね、その中で多少違うわけですよ。渋やんもきっちゃんが生きていれば辞めなかったかもね。渋やんでも長谷川君でもそうなんだけど、多少問題が起こっても、きっちゃんに理屈でなくでかい身体で『いいから、ここは俺に任せろ』と言われちゃうと、そこでしょうがないって納得できるところあるんだけど、伊藤・山浦・岩崎というお三方はどちらかと言うと理論派だから」
半藤「渋やんを使えるのは岸本だけ。岸本の場合は今言ったように理屈じゃなくて身体でくるしさ」
高橋「そういう意味じゃあ、頑徹とも言われる長谷川徹プロデューサーも同じかもね」
半藤「やっぱり、そういうふうになっていくんだよな。」
高橋「だからね、ガーッっと、こうくるタイプ(どういうタイプだ?)に強いよね。どちらかっていうと肉体派っていうかさ、直情派って言うかさ。まあ最終的に変な言い方だけど冷静になれないタイプには強いよね。どういうわけかね」
半藤「受け止めるって言うかな・・・・懐が深い男だったよ、彼は。ともかく細かなことじゃない。大雑把にはかなりちゃんとしてた。」
高橋「それがね、結構これが細かいの。言いようによってはセコイ(詳細は文末)。でもこれが又笑えるんだ」
半藤「あったな、あった。でもそれは愛嬌」
高橋「“ガンダムの成功”が見えたところできっちゃんは死んじゃったんだけど‥‥。残念だったね」
半藤「残念だった」
高橋「無念だったろうね」
半藤「俺だってさあ」
高橋「岸本さんがあのまんま生きてたら、どうなったかね」
半藤「我々もよく考えるんだけどねえ」
高橋「俺はね、10年前まではね、岸本さんが亡くなって10年ぐらいは岸本さんを忘れたことほとんど無かったの。さすがに人間ってのはやっぱり去る者日々に疎しだね。最近、きっちゃんのことを思い出すこと少なくなってきたんだけど、あの頃はしょっちゅう岸本さんが生きていたらどうなんだろうって考えてたよね、なんとなくね。だけど、どうだったんだろうね?」
半藤「どうなってたんだろうね・・・・。そりゃわからんけども、俺は付き合ってただろうね。
高橋「僕も付き合ってただろうね。そうだね。きっちゃんの身体が壊れない限りは、仕事のような個人的付き合いのような境目のわからない付き合い方をしてただろうね。そういう意味で言うと、そういう皮膜の良く判らないところでの付き合いっていうのは少なくなってきたね・・・・」
半藤「あいつは岸本はさ、一言で言えばいい人だった」
高橋「まあ人間的にはね。結構デタラメもある。」
半藤「だからさ、その辺がなんか魅力的だったじゃない」
高橋「まあ弱さがみえたよね」
半藤「説得力あったよ。現場なんかにも。ここで決めて欲しいって場合にはね。例の調子だよな。『ともかく、やれ』なんてな。」
高橋「きっちゃんが生きてた場合に引退してたかね?」
半藤「わからんな、これは」
高橋「予想としては?」
半藤「俺はしてないと思うけどね。」
高橋「してないだろうね。僕もそう思うな。だからといって会社がこうなっているとは限らないからね。結構落とし穴もあったからね。」

想像の域をでないのだが、岸本氏が生きていればやはり“映画”への拡大を考えたのではなかろうか。岸本氏亡き後のサンライズには本質的に映画への無限大の志向性は消滅してしまったと考えるのは私だけであろうか。むろん映画には“夢”も“リスク”も混在しているのであるから、場合によってはサンライズは今のような安定したプロダクションの在り様ではなかったかもしれない。だが、それが何だ! と言う思いも一方では起こる。

半藤「落とし穴はあったと思うよ。だけど、それはわからんな」
高橋「半藤さんからみたサンライズと他のプロダクションの違い、差みたいなものって何かありました? ただ近いってだけ」
半藤「いや、当時はあったよねえ。だってまだ独立プロなんかね、そりゃいっぱいあったけど小さいのが、そういったなかでは当時から勢い。やっぱもの作りって感じはしたよね、きっちゃんの場合はな。なんだかんだいったって。」
高橋「例えば、藤岡さんって僕全然知らないんですが、藤岡さんもやっぱ『もの作り』っていうことではあった人でしょ?」
半藤「あれは、もう、もの作り」
高橋「やっぱ化けものに近いもんね」
半藤「きっちゃんなんかとはまた違うけどもね。あの西崎にしたってもの作りですよ。そりゃやっぱり手塚治虫、吉田竜夫なんかにしたってね。」
高橋「そのもの作りっていうところをもう少し具体的に説明してくれませんか」
半藤「アニメーションはいっぱいあるけどさ、漫画原作で売れてるものはあるけど、じゃあアニメ的にいったらどうかって‥ことよ。技術面からいっても全然違うじゃない。作ってる気がしない。漫画原作ってのは制作(プロデュースから現場まで)の質をねダメにしたと思うよ」
 

虫プロの血統は
背負ってるのかね?

高橋「アトムの遺伝子っていうタイトルは、虫プロ出身っていうことなんだけど、善し悪しはおいといて、サンライズは人間で言うところの血統、虫プロの血統は背負ってるのかね?」
半藤「背負ってるんじゃないかと思うけどね。それはサンライズばっかりじゃないけどね。やっぱり[グループ・タック]だって詰めていけば田代敦巳、フジケンとかさ出てくるしね」
高橋「最近読んだある書評の中で気持ちが引っかかって読みたいなって思った本があった。出版ね。それとアニメーションのプロダクションがダブったんだけど、『秩序なんていらない』って書いてあるんだよね。ようするにデタラメでいい。そうじゃないとものはできないっていう。で、実際に言うとやっぱり秩序求めるんだよね。ユニだって朝はちゃんと来いよとかあるじゃない。だけどもきっと全部そうなって、みんながハイっと言って、時間通りや秩序通りに全てをやってたら、多分活力がなくなる」
半藤「なくなるよ」
高橋「かといって、デタラメやっていいともいえないじゃない。そこのところが難しい」
半藤「そりゃ難しいし、また時代にね。通じるかどうかだよね。社会も変わってきているし、若い人たちの考え方、生き方って違ってきてる時代にね。考えてみればさ、虫プロの頃なんて秩序なんてなかったじゃない。まあ時間なんかともかくあれば仕事してたじゃない、あの頃は。」
高橋「時間があれば仕事してた? そうかね。あれば遊んでたけど・・・・」
半藤「まあ半分飲んでたけど(笑) でも、夜・昼関係なかった」
高橋「まあ虫プロの時はね」
半藤「ああいう中では、ただ、雰囲気だよね、やっぱり。雰囲気の中に入ってくると自然になっちゃうんじゃないの。今はああいう雰囲気が少なくなっている」

 

インタビューは程なく終わった。この世のことで過ぎ去った事柄に“たら”と“れば”を言うほど空しいものはないと分かってはいるが、ことサンライズにおいては、もし岸本吉功が生きてあれば、もう一つのサンライズの在り様があった筈だと考えてしまうのは私ばかりではあるまい。岸本吉功にはそう思わせる“何か”と“パワー”と“未完成”があった。そういう未練の源には・・・・この世の幸せとは安定のみによってもたらされるものでないという私の想いがあるからである。明日が全部見えてしまう日常なんて、寂しすぎると思うからである。

 

【予告】

暖冬と言われる年末の2002年! いかがお過ごしですか? みなさん! 暖冬暖冬という声に気を許した男が一人、突然の雨に当たってもう大変なんです! 「ああ大変だ~っ!」次週! うまくいったらお会いしましょう! って‥これじゃあ予告になってませんな。ごめんなさい‥。‥すみません。猫も謝ってます。

岸本吉功セコさの証明

その1・岸本さんは、時おり後輩に『おごれ』と言うことがある。おごりたいんですけど、今日は持ち合わせが、と言うと、『貸してやる』と言ってお金を貸してあげ、そのお金でおごらせることがある。

その2・当時の撮影は当然フィルムだ。このフィルムだが習慣上プロダクション側が用意し撮影所に持ち込む。30分のテレビシリーズでは結構このフィルムの消費量は多いが、作業の手順で細切れの余りが出る。これを回収し、知り合いのCMプロダクションに売りつけるのだ。CMは長くて30秒、普通15秒が多い,5秒というのもある。結構この細切れで用を足せる。このフィルム代をスタッフとの飲み代に当てていた。

その3・その昔(1973年)オイルショックというものがあり、石油製品が世の中から消えたことがあった。その頃はアニメーションと言えばセル画の時代である。そのセルが払底した。日本中のアニメプロダクションが真っ青になったとき、岸本さんだけはニンマリ余裕。安いときに買いだめしていたのである。

その4・サンライズではセロテープやガムテープなどがなくなると庶務に補充に行くが使い切った巻き芯を引き換えでないと補充してくれない。言いだしっぺは岸本さんだと言う。

その5・でかくてごつくて野暮ったいのに(本人異論あり)結構ヒカリモノが好き。でもネックチェーンもブレスレットも冬で衣服に隠れるときしか着けてこない。指輪も休みのときだけ。他人に冷やかされるのがコワイ。

その6・焼き鳥、もつ焼きの類が無類の好物。冷めたらまずいと言って、一串、二串ぐらいづつしか頼まない。その串の一切れ一切れに七味の壜をつまんで人差し指でトントンと叩き出しすぎず、少なすぎずを丁寧にコントロールして食べ、そのくせ結果的には30串ぐらい平らげる。

ああ~ダメだ!
こんなこと書き始めたらキリがない。いくらでも書けてしまう。でももう一つ。

その7・バーやクラブのお中元やお歳暮、クリスマスのプレゼントを家に持って帰れない。全部スタジオのロッカーに隠しておく。まあ、奥さんが怖いのは分かる。だから身にもつけられない。でも人にもあげない。だってもしかしたら“モテた”証明かもしれないと思うから・・・・。

もうやめよう本当にやめよう・・・・でももう一つ。

その8・プラモ作りが大好き。でも、もう作っても我が家には置き場所がない。でもまだまだ船も飛行機も作りたい。そこで後輩に“作ってやるから”と無理やり買わせて、無理やり作って押し付ける。

ああ!! 私はなぜこんなことをずらずらずらずら書いているのだろう。他の仕事にも追われているというのに・・・・きっちゃん、なんで死んじゃったんですかあ。
 

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