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2022.01.11

クリエイターインタビュー 第8回  米たにヨシトモ<前編>

4回に渡ってお届けしてきた「勇者シリーズ」のインタビュー企画の最後を飾るのは、『勇者王ガオガイガー』の監督を務めた米たにヨシトモさん。前編では初期の頃のサンライズとの関わり、そして『勇者王ガオガイガー』に関わった経緯や企画立案時のさまざまなエピソードを語ってもらった。


――サンライズにはどのような形で関わった感じでしょうか?

米たに 詳しく語り出すと切りが無いですが、若い頃に所属していた会社が請け負ったサンライズ作品のコンテを手伝ったのが最も初期の関わりですね。その後、フリーランスになり直接スタジオにも出入りするようになって。きちんと名前が出た作品は『鎧伝サムライトルーパー(以下、サムライトルーパー)』が初めてです。

――外部スタッフから見て、当時のサンライズという会社はどのようなイメージでしたか?

米たに スタジオにコピー機がなくて、エレベーターのない五階建ての本社ビルまで行って階段を登り降りしなくちゃならず、すごく大変だったという記憶があります。そんな家内制手工業的な、手作り感のある時代から関わらせてもらっていたという印象です。今とは全然違うイメージでしたね。他のアニメ制作会社に比べると、あの頃はギャラも安くて。「あそこは支払いが早いけど、あまり儲からないから関わらない方がいいんじゃない?」と業界仲間から心配されるという感じでした。

――『勇者王ガオガイガー(以下、ガオガイガー)』に関わるきっかけを作った高橋良輔監督とは、『サムライトルーパー』の仕事で出会ったという形ですか?


米たに 良輔さんは『サムライトルーパー』の脚本監修だったんですが、その頃は会話をしたことがありませんでした。池田成監督のチェックされた脚本をもとに打ち合わせをして、「こんな武器を持っているけど、必殺技が決まっていないから何か考えて」と言われて画コンテを描いていましたね。毎回、自分が考えた必殺技がそのまま劇中で使われるので、それは面白い体験でした。当時は時間が無かったこともあり、脚本を決定稿にする余裕もなく、現場判断で作り上げていく時代だったんです。当時、良輔さんはたまに顔をお見かけする程度でした。

――それが『ガオガイガー』にはどのように繋がるのでしょうか?

米たに 『サムライトルーパー』の後に、別のオリジナル作品の企画で人づてに良輔さんを紹介いただいて、「この作品を一緒にやらないか」と言われました。何度か会議はしましたが、最終的に作品はボツになってしまって、良輔さんはそれを悪いと思っていたいみたいで。その後、事業部制に変わったばかりのサンライズから電話が来て、『サムライトルーパー』の時に知り合った制作スタッフが事業部長に昇格していて「良輔さんが、前に米たに君に悪いことをしちゃったから、とある作品で監督やってもらおうかなって言っている」という連絡をもらいまして。実は、他のいろんな人にオファーをしたけど断られたから、仕方なく誘いが来たようなんですが(笑)。まあ、一応事情だけでも聞こうとサンライズに行くと、『勇者指令ダグオン(以下、ダグオン)』に関わっていた企画担当の堀口(滋)君が待っていました。勇者シリーズの説明を簡単に聞いた後で、「引き受けてくれますか?」と聞かれて、「まあ、やってみましょうか」と答えると、「じゃあ、隣の部屋で企画会議をやっているので参加してください」と。「え? 今引き受けたばかりなのに?」ってなりましたね(笑)。会議室に行くと、そこには事業部長、プロデューサーとして参加していた良輔さんやデザインワークスで関わっていた塩山紀生さん、シリーズ構成の五武冬史さんが集まっていて、みんなで会議中でしたが、いきなりそこに自分が参加して「このロボットはこうします」とか早速自己主張しました。そんな感じのおおらかな時代だったんです。

――『ダグオン』の次の勇者シリーズの監督がなかなか決まらない中で呼ばれたということだったわけですね。

米たに 『ダグオン』の頃は、サンライズはバンダイの傘下に入っていて、ライバルであるタカラ(現:タカラトミー)さんがメインスポンサーである勇者シリーズを続けていくのは難しいのではないか、という空気が流れていました。それで、「次の作品でシリーズは最後かもしれない」と言われていたんです。それまでは、タカラさんから企画をいただいて「こういうロボットで玩具を出したい」という中でアニメをやりくりしていたようですが、最後くらいサンライズ主導でやってみようかと、事業部制に変わったばかりの勢いがあったようです。私が参加した時には、すでに塩山さんがイメージボードを何点か描いていて、「ロボが敵の核をえぐり出すんだよ」という、少し勇者ライディーンのようなところまでは、何となくイメージがありました。一方で、基本設定の方はあまり決まっていなくて。かろうじて「主人公はサイボーグがいいんじゃないか」と言うレベルでした。そんな状況だったので、「どこかで合宿をして話を詰めないと企画がまとまらないね」ということになり、後日、良輔さんの別荘にみんなで行って、泊まりがけで打ち合わせをしようとなったんですが。でも、まあ、どっちか言うと、親睦会的な飲みモードで別荘ライフを楽しんだノリです。

――ありがちな流れですね。

米たに 私は高松信司監督の『勇者特急マイトガイン』や『勇者警察ジェイデッカー』が大好きで。当時、うちの子供がまだ小さかったので、買い与えるという名目で買ったタカラのオモチャで、ガチャガチャと変形させて自分が遊んでいたんです。ロボ玩具が大好きで、やる気満々だったので、合宿でも皆が寝た後も作業を続けて、企画をまとめたのを覚えています。

――サンライズが主導するということは、ロボットのデザインもサンライズ側から提案していったのでしょうか?

米たに デザイン案は両者で出し合って詰めていきました。最初の頃は、大河原邦男さんに新たなサンライズらしさを追求したデザインを発注して、今までと全く違う方向性を打ち出してくれましたが、さすがに玩具にしづらく、実現可能な方向へシフトしていった感じです。どんなメカが合体していくのが玩具として望ましいかを、タカラさんから提案いただいて。こちらからは、どんな戦い方をして、どういうキャラクターを出したいのかというラフも描いていって、イメージを具現化していった感じですね。堀口君にいろいろと要望を語ると「こんな感じでどうですか?」とまとめてくれたり、考えてくれたりする。だから、基本的な部分は彼と一緒に固めていった感じですね。「やっぱり、勇者シリーズはこうじゃないといけない!」「ロボットはこうあるべきだ」「あとで困ったときのために開かずのロッカーのような設定も作っておこう」とか二人でガンガン言いながら作り込んでいきました。

――最後の勇者シリーズになるかもしれないという意識を持ちつつという感じですか?

米たに 『ガオガイガー』に関しては、勇者シリーズの集大成にしたいという気持ちがありました。だから、今まで見てきた勇者シリーズの要素をエッセンスとして少しずつ入れて。さらにそこで新しく見えるもの、時代性に合わせたものを入れ込んでいくということをかなり意識しましたね。「『ガオガイガー』は勇者シリーズとしては異質だ」と言われることが多いんですが、ちゃんと勇者シリーズとしての決まりみたいなものを踏襲した上でのアレンジなんです。

――確かに、これまでの勇者シリーズのピースをうまく融合させつつ、そこにある意味サンライズらしい「リアルロボットっぽさ」みたいなものが新しい要素として入っているという印象になっていますね。

米たに シリーズ最終作になるかもしれないので「じゃあ、王道で行こう」ということで、キング・オブ・ブレイブス=勇者の中の勇者の王みたいなタイトルを付けることにしました。やはり、最後にふさわしいものにしなくちゃいけないと。いきなり外から来た監督がやり逃げするわけにはいかないので、ちゃんとシリーズを締めないと申し訳が立たないと思いました。これまで先人たちがやってきたものを壊すわけにはいかないですからね。

――『ガオガイガー』を作る上で、米たにさんがこだわりたかった要素はどこですか?

米たに 自分が今まで見てきたロボットアニメの中で、「自分ならここはこうしたかった」、「こんなのが見たいんだ」という要素を入れ込みたかったし、それを勇者好きの視聴者とも共有したいという気持ちも強かったんです。サンライズだったら、メカを描ける人がたくさんいるし、ロボ好きも多い。当時の他のアニメ会社だと、机の周りに玩具を置いておくと、職場は遊び場じゃない!と怒られるんですが、サンライズのスタッフの机には玩具がたくさん置いてあるし、会社もそれを許容している。玩具を売るための作品を作っているから、オモチャを見ながら描いたり、構造を活かしたりするのは当たり前のことだと思うのですが、そんなものづくりの基本が理解されない時代でもありました。だから、玩具を肯定した作業環境がすごく心地よくて。だからこそ、自分がやりたいことが実現できるんじゃないかと思えたし、オモチャ好きとしての提案もいろいろさせていただきました。

――それが、いわゆるスーパーロボットものながらも、リアルロボットのように運用される描写などにつながるわけですね。

米たに 『ガオガイガー』では「GSライド」という未知なるエネルギー
を設定しておいて、それを利用しながらも基本的には地球人類のテクノロジーで動くように設定したんです。だから、劇中でガオガイガーが戦っているのを見た子供たちは、「近くに行ったら油臭かった」とか言うんです。巨大なシリンダーで動かしているし、そのためには油をさしているから匂いもすると。世の中にあるリアルな機械も、そういったメンテナンスを大人の職人がきちんとこなしているから動くんだ、とすごく言いたかった。だから、ガオガイガーの武器もドライバーやハンマーという工具にしました。剣や銃はファンタジーとしてならカッコいいアイテムなんですが、リアル世界では物騒な殺人兵器に近づいていきます。番組を見ている子供たちに、人を傷つける武器を肯定したまま現実世界で成長して欲しくなかったんです。だから、戦争ってカッコイイと思う気持ちより、日常の工具や工作機械、働くクルマ、鉄道、レスキュー車両等、乗物の格好良さや、大人の仕事は凄いんだってことを伝えたいなと思いました。武器ばかりがクローズアップされがちですが、本来、勇者シリーズはそういった目的で始まったはずだ、と信じていたので。

――変形・合体シーンや必殺技などのバンクシーンの作画もかなり細部まで描き込まれて、クオリティが高く感じますが、そこにも同じようなこだわりがあるのでしょうか?

米たに 本編の制作に関しては、かなり予算が少なかったんです。毎回の枚数は抑えるから、その代わりにバンクを何度も使い回すということで、そこに力を入れるようにしました。コンテの時点で計算しながらバンクのアレンジ方法を指定しまくったり。実は、東映アニメーションの仕事も経験しているんですが、東映は枚数制限が厳しい代わりに「バンク室」というライブラリーがあって、作画枚数を減らすために過去の素材を借りて、それを加工して使うことで枚数を抑えるようなシステムがあったんです。一方、サンライズは、そういった素材管理に人材を避けるほどの余裕がないため、変形合体バンク以外はいちいち新作として描くのが主流で、どうしても作画枚数を使ってしまうという状態でした。元々、使い回すカットは35mmの大きいサイズのフィルムで撮影をしておき、それをテレビ用の16mmに落とし込むことで、劣化せずに何度でも使えるようにしていたんですが、ガオガイガーでは、16mmで撮影したものでも使い回したり、一度貼り合わせたネガフィルムのセメントを剥がして切ったり貼ったりを繰り返したり、当時としては管理困難な掟破りの荒業も使いまくって、ハイクオリティメカ実現のために他での予算削減を目指しました。ただ、一枚の画像クオリティを上げるため、線や塗り分けが増えて、単価で作業している動画や仕上げスタッフをかなり疲弊させてしまったので、未だに申し訳ないと思っています。

――そうしたメカへのこだわりの強さがありながらも、メカ系の作品を監督するのは『ガオガイガー』が初めてですね。

米たに ロボットものはそうですね。でも、不安はまったく無かったです。逆に「何で今までロボットものをやらせてくれなかったんだ」と思ったくらいで。ああ、『ドラえもんズ』も監督してます。あれも一応ロボットですから(笑)。

――ロボットものは、設定や演出が独特ですが、それをスタッフに伝えることに関しては、どのような感想を持たれましたか?

米たに 当時のサンライズ第7スタジオは、ロボットものに慣れているスタッフばかりいたので、他の会社よりもはるかにこちらの意図が伝わりやすかったです。監督が要望したことも、あ・うんで理解してもらえるやり取りができて、すごくワクワクして作っていましたね。やはり、勇者シリーズを8年も作り続けてきた精鋭部隊だったので。作業環境としてはとても楽しかったです。世紀末最後のメカ映像づくりの砦でした。


後編>に続く
 

米たに ヨシトモ(よねたに ヨシトモ)1963年5月12日生まれ、東京都出身。アニメーション監督、演出。
『笑ゥせぇるすまん』(1989)にて初監督を努める。サンライズ作品には演出・絵コンテで『鎧伝サムライトルーパー』等に参加。勇者シリーズ8作目となる『勇者王ガオガイガー』を監督。『ベターマン』、『BRIGADOON まりんとメラン』で独自の世界観を構築する。


 

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