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2022.03.10

アニメ制作の裏バナシ 第1回
サンライズプロデューサー 河口佳高 インタビュー(その1)

サンライズの制作現場の様子をお届けする「アニメ制作の裏バナシ」。
今回から数回、サンライズで多数の作品のプロデューサーを務めた河口佳高さんに「制作進行」から「プロデューサー」という仕事にいたるまでを聞いてみた。
今回はアニメ業界での下積み作業となる「制作進行」と続いて担当した「設定制作」がどのような仕事なのかをお届けします。


――河口さんは、どのような経緯でサンライズに入社されたのでしょうか?

河口 私自身、学生時代からアニメ業界で働こうと思っていたんです。そこで、大学の時にはアニメ雑誌に載っている求人を見つけて、動画のアルバイトを1年ほどやっていました。大学4年になって就職活動をするにあたっても、アニメ業界に就職することを考えていたんですが、親からは田舎に帰ってくるように言われていまして。少し悩みつつも、無理矢理東京に残ってアニメ業界に入ることを決めました。ちなみに、元々はプロデューサー志望ではなく、監督志望でのスタートでした。アニメ業界に就職するにあたってどの会社にするか考えた際に、原作ものをメインでやっている会社よりも、オリジナル作品を作っている会社の方が面白そうだと思ったんです。制作の仕事をやるなら、1年くらい原作無しでどのようにアニメを作るのかを覗いたら、辞めて動画に戻ろうと思ってサンライズに申し込みました。

――サンライズ作品が好きで、そこで仕事がしたいからというのではなく、わりと合理的な理由で入社されたんですね。

河口 そうです。それから、原作無しで作品を作っている会社が他にあまりなかったというのもあります。動画のバイトをしている時の先輩たちが、どこかのアニメ会社が潰れたとか、ギャラが入らないとか話していたことがあったんです。だから「アニメ会社は簡単に潰れるから危険なんだな」と思っていて。就職の時にバイト先の社長に「サンライズはすぐに潰れそうな会社ですか?」と聞いたら「あそこは大丈夫じゃないかな」と言われたのも選んだ理由のひとつですね(笑)。就職したのは『機動戦士ガンダム逆襲のシャア(以下、逆襲のシャア)』が公開された春なので、1988年頃になります。

――その頃、入社する競争率は高い感じだったんでしょうか?

河口 私と同時期に面接を受けたのは10人くらいですね。「制作進行」という仕事の面接だったんですが、うち2人が女性でした。今だったらそんなことは無いんですが、「女性には制作進行は無理だから」と、他の会社を紹介されていましたね。最終的には、残った8人全員が入社したんですが、1年後には半分になり、10年後には私を含めて2人になっていました。

――なぜ、女性には「制作進行」は無理だったんでしょうか?

河口 当時はまだまだアナログの時代で、「制作進行」は「仕上」の会社から回収したセルに色を塗ったものと紙の動画が1カットごとにに入ったカット袋を、大量にクルマに積んで、撮影会社などに持っていかなければならなかったんです。それを運ぶのが結構な力仕事で。当時のサンライズが入っている建物にはエレベーターがある建物は無くて、ビルの2〜3階まで階段で撮影素材を運ばなくちゃならないし、深夜労働も当たり前の世界なので、そういうこともあって、当時は女性には勧められなかったんだと思います。とにかく、全然狭き門ではなく、むしろ志望者が少ない世界でした。

――就職したサンライズはどんな印象でしたか?

河口 今も残っている半地下の建物の2階が『逆襲のシャア』のスタジオだったんですが、天井が低くて暗いんですよ。本当に場末感があるなという印象で。だから、あまり期待感みたいなものも無かったです。周りにサンライズのスタジオが4つか、5つあったんですが、全社でコピー機は2台しかなかったとか、そういう時代ですからね。そのコピー機が詰まると、先輩が蹴って直しているんですよ。紙が詰まっているんだから蹴っても仕方がないのに。「また止まりやがって」と本当に苛ついて蹴っているんですよね。すごい野蛮な世界でした(笑)。最近の子は頭がいいので、機械は蹴って殴っても治らないのを理解しているので、今はそんな野蛮なことはないです。

――タイミングとしては、業界的にはテレビからOVAが多い時期になりますか?

河口 そうですね。ちょうどそうした動きが始まった頃で、押井守さんの『ダロス』が発売されて、OVAが制作され始めた時期です。しかし一方で、制作の主流はやはりテレビシリーズでした。ただ、今のように1クールで終わりではなく、1年ものが基本ですね。当時は、それでも「作品数が多い」とか言われていましたが、今思うと、タイトル数は本当に少ない状態だったと思います。テレビの仕事を安定して回さないと、制作会社はやっていけない時代でした。

――当時は、どんな体制で制作業務は行われていたのでしょうか?

河口 1年間=4クールで、制作進行は5人。そんな作品をサンライズは3作品=3ラインで動かしていたんですが、一時期は5ラインになって、人手が足りずにパンクするということもありました。それでも、制作進行は全部のスタジオで20人程度という感じで。

――初めて仕事でスタジオに入った時はどのような感じでしたか?

河口 当初は4月に入社する予定だったんですが、2月頃にサンライズから電話がかかってきて、バイトで働きにきて欲しいと言われたんです。それで、2月半ばか終わりくらいにサンライズに行くと、「あそこの建物で『逆襲のシャア』を作っていて、それが大変だから手伝ってくれ」と言われて。そのあと午前11時頃にスタジオに入ったんです。すると、制作部屋はガランとしていて、ひとりだけ机に突っ伏して寝ている人がいる。その人に「おはようございます、新人です」と挨拶をすると、その方が「新人? いらねーよ」って言われて。それが、当時制作進行を担当していて、その後監督になる赤根和樹さんでした。赤根さんに、その後2時間くらいサンライズの悪口を聞かされることになるんですが、その時に「あ、就職失敗したな」って思いましたね(笑)。今思うと、『逆襲のシャア』のダビング前のオールカラー化作業が終わった時期で、前日まで色つけ作業で奔走していて大変だったんだと思います。それで、ひとり帰れずに赤根さんが机で寝ていたんだなと。その日は夕方くらいに制作の先輩達が出社してきて、そこから2週間くらいリテイク作業の手伝いをしたのを覚えています。

――その後、本格的に名前がクレジットされるお仕事だと『シティーハンター2』になる形ですか?

河口 そうですね。『逆襲のシャア』の仕事が終わると、特に仕事もなくて『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』の準備室に席を置いていたんですが、2週間ほど電話番をしていただけでした。それを見かねた当時プロデューサーだった内田健二さんが制作担当の役員に「新人の河口に仕事がないので、どこかのスタジオに入れてやってくれ」と話をしてくれて、その結果『シティーハンター2』のスタジオに入って制作進行のお仕事を始めたしたという形です。

――ちなみに、「制作進行」というのは、どんな仕事をされるのでしょうか?

河口 当時、「制作進行をやってくれ」と頼まれた時に言われたのは、「制作進行とは1話単位のプロデューサーで、君が作品の1話数を完成まで、責任を持って仕切るんだ」ということでした。演出家志望であれば、制作進行として担当話数の演出とコミュニケーションを取るなど、協力しながらやっていくので、演出の勉強にもなる、というような話もされましたね。当時、『シティーハンター2』の制作デスクだったのが、現在ボンズの代表取締役の南雅彦さんで。南さんの手伝いというところから仕事を始めました。

――制作進行は具体的にはどんな作業をするのでしょうか?

河口 まず、最初に一話数分の制作スケジュールを作り、それを原画や演出などに伝え、仕事をお願いします。そして、締切りに間に合うように連絡を取って回収していくという感じですね。最初はわけもわからず南さんについて行っていろんな方に会って。その後、ひとりで回収しに行くようになりました。

――制作進行はどこまで関わる形なのでしょうか?

河口 アニメ制作会社によって違うかもしれませんが、サンライズは絵コンテがあがって、作画打ち合わせから制作進行が関わることになります。そこから、原画・動画・仕上・背景の回収をして撮影に素材を出して、撮影したバラのカットを編集して一本のフィルムになって、完成するまです。アフレコには直接関わることはないですが、音響作業が終わって初号の試写をやるまでが制作進行の担当範囲ということになりますね。

――それらの担当話数全体の状況を把握しながら、原画や演出、仕上などと直接やりとりをして、各話担当の演出との間を繋ぐというお仕事になるわけですね。

河口 そうですね。当時、制作進行の仕事をやりながら持った印象は、文化祭でクラス単位で出す模擬店の調整する文化祭実行委員みたいな感じがしました。使えるお金やスケジュールはこれだけで、トラブルが起こっても、なんとか解決しないといけないなど、そういう対応をする仕事だと思えばわかりやすいですかね。

――制作進行というのは、そうしたいろんな仕事をされる人の間を取り持つ必要があり、その結果、アニメ業界における下積みの仕事として存在しているという認識でよろしいでしょうか?

河口 それでいいと思います。

――河口さんは、何年くらい制作進行を担当されたのでしょうか?

河口 進行をやったのは、4年くらいですかね。その後『機動戦士Vガンダム(以下、Vガンダム)』の設定制作になったのが、放送開始の1年くらい前の1992年なので、その前くらいまでです。『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』で制作進行をやったのが最後になります。

――ちなみに、「制作進行」の次にやることになった、「設定制作」とはどのような仕事をされるんでしょうか?

河口 サンライズでは、作品の作画資料設定用の設定デザイン画をデザイナーさんに発注し、回収、管理する作業で、全話分担当します。「設定制作」は、それらの作品単位の設定画に関して、全体を把握していなければならない仕事です。『Vガンダム』では、絵コンテの発注は制作デスクがやっていたので私はやりませんでしたが、作品や会社によっては、絵コンテの発注も設定制作の仕事に入っている場合があります。制作進行は1話単位の担当で、5人いればシリーズ全体では5分の1の関わりになるのですが、設定制作は1話単位ではなく、作品全体に関わるものになります。私の場合は『Vガンダム』の企画にはかなり早い段階から打ち合わせに出させてもらっていて、「今度のガンダムの変形をどうするか?」みたいな部分の話合いの頃から立ち会っていました。

――設定の詳細を決めていく「文芸設定」の方とかなり密に作業するという立場なのでしょうか?

河口 その時はうですね、。デザイナーさんの編成などはプロデューサーや文芸設定が提案して、監督の合意を取って決めていったのですが、設定制作は脚本や絵コンテ段階で、デザイン画を描く必要があると決定した設定画をデザイナーに発注するのがスタートになります。『Vガンダム』では、企画室の井上幸一さんが文芸設定だったので、そのアシスタント的な形で入り、大河原邦男さん、カトキハジメさん、石垣純哉さんというデザイナーさん達に、振り分けて設定画を発注していく感じでした。

――設定制作と制作進行ではどちらの仕事が大変だというようなことはあるんですか?

河口 大変の度合いがそれぞれ違いますね。「制作進行」の場合は自分のミスでテレビ放送が1話落ちてしまう可能性があるので、その怖さがあります。新人の時の『シティーハンター2』では、私は2週落としたことがあるんです。4週分納品ストックがあったので、何とか放送は落とさずに済みましたが、1年間の放送で2週落としたというのはとても危ない状態でした。「設定制作」はシリーズ全体に関わる仕事なので、毎週毎週、落とせないタイミングが来るわけです。毎週作画打ち合わせがあって、一週間で設定作業を終わらせて次の話数に取りかからないと、玉突きで遅れが出て作画に入れなくなるので。そうなると、最終的に放送が落ちてしまう可能性があって。メインの設定などは最初に準備して時間をかけてやりますが、それ以外の各話の設定はシナリオができたり、絵コンテができてから瞬発力で処理をしないと落ちてしまう。これを毎週やるのが結構しんどかったです。物理的な戦力は限られていて、やれる物量も決まっているので。例えば、『Vガンダム』の時は、アトリエムサの池田繁美さんが美術を担当されていたんですが、1週間に上げられる美術設定の点数には限界があって、「それ以上やるとパンクする」と言われて。ガンダム作品は過去作のストックがあるので、それを使うことができたのは良かったです。例えば、スペースコロニーの設定は『機動戦士ガンダムF91』でかなり克明に作っていたので、『Vガンダム』ではそれを流用するなどしていましたね。その他、食器とかそういうものは設定をおこさずに写真参考にして監督に了解をもらったり。今はインターネットで結構探せるんですが、当時は図書館に行って資料を集めたりもして、そういうことをやる仕事でした。

――例えば、舞台がヨーロッパからアフリカに移動すると景色や建物が変わりますが、それに合わせた資料を探したりもしなければならなかったということですね。

河口 そうです。富野監督はその辺りのサポートをしてくれて、自分で調べた場所とか、参考写真を出してくれるんです。シナリオ段階から「この辺りが舞台」と決めると、自分で調べていてくれるので助かりました。

――もう少し時代を遡れば、背景の設定をこまかくこだわらなくても良かったのが、だんだんとアニメの解像度やクオリティが上がることで、細かい設定もより重視しなければならなくなったとういこともあるんですか?

河口 それもあったと思います。もっと昔だったら「パリ」と言われれば、大きな設定を3つ程度で済ませていたのが、もう場面ごとに起こさないとみたいな。

(その2)へ続く


河口佳高(かわぐちよしたか)
1965年4月8日生まれ、福井県出身。
1988年にサンライズ入社。制作進行、制作デスク、設定制作などを経て『劇場版∀ガンダム地球光・月光蝶』のプロデューサーを務める。プロデューサー作品には『OVERMANキングゲイナー
』『プラネテス』『コードギアス 反逆のルルーシュ』などがある。