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2022.03.21

アニメ制作の裏バナシ 第1回
サンライズプロデューサー 河口佳高 インタビュー(その2)

数回にわたってサンライズで多数の作品のプロデューサーを務める河口佳高さんに、アニメスタジオでの「制作進行」から「プロデューサー」という仕事にいたるまでの、「制作」の仕事について話をお届けする「アニメ制作の裏バナシ」。
今回は、「設定制作」の次に携わることになる「制作デスク」の仕事、そしてそこからどのように「プロデューサー」へと仕事が繋がっていくのか、「制作進行」という仕事の必要性などについて話を聞いた。


――「制作進行」、「設定制作」の他に、「制作デスク」という仕事がありますが、これはどんな仕事なのでしょうか?

河口 制作デスクまでやった人間が次に行くのがプロデューサーです。基本的に制作進行は1話数ごとにいて、大体5人くらいの5班体制のローテーションで作品を回していくことが多いんですが、「制作デスク」はその元締めのような立場です。基本的には、制作デスクの方で各話の演出や作画監督などの基本となるところを配置して、制作進行のローテーションを決めて、そのローテーションがうまく回るか監視して、制作進行作業のケアをしていくのが制作デスクの仕事になります。

――各制作進行の現状を把握しつつ、制作進行の抱える進行状況をチェックしていくということですね。

河口 そうです。私が新人制作進行の頃、夜遅いので朝はあまりちゃんと行けず、午後に出社していたんです。すると、私の机に当時の制作デスクが座っていて、私がサボっていたチェック表を発注伝票を見ながら付けていたことが何度もありました。本当は進行が自分で管理しなければならないんですが、全然できなくて、代わりにデスクがやってくれていたということですね。制作進行としては恥ずかしい状況です。そのデスクも進行が頼りなくて、状況を把握しようと私の机に座ってチェックしていたんだと思うんです。それ以外にも、現在はボンズの代表取締役となった南雅彦さんが制作デスクをやっている時、私が「カット袋の二百何カットを探している」と言うと、「そのカットはこんな内容だろう? それだったらここらあたりにあるんじゃないか」とカットナンバーでカット内容を把握していたことに驚いたこともあります。できる制作は、内容把握能力が高い人たちなんだと、その時に思いましたね。

――やはり、そういう現場の人をうまく使えることが重要なポジションだからこそ、制作デスクからプロデューサーになる方が多いということなんでしょうね。

河口 そうですね。制作のスケジュール全体を把握してコントロールするということをやっていくので、その先にあるのがプロデューサーという仕事になるんだと思います。

――制作進行を何作品かでやることで人脈を広げ、今度はその経験を積んだ上で作画監督や演出と繋がり、より大きな範囲でスタッフワーク的なことをやるのが制作デスク。そして、番組単位の引いた視点でみるのがプロデューサーということになるんですね。

河口 そうです。プロデューサーは、どちらかというと今度は対外的な仕事が増えていきます。スタジオ周りのことは、制作デスクに預けられることが多いですね。

――こうやって聞いていくと、アニメーションは本当に分業だということが判ります。現場の話になると、どうしても演出や作画の方々に目が行きがちですが、そこで実作業を回してコントロールしている人たちがいるからこそ、アニメーションは制作できるんでしょうね。

河口 本来、アニメーションを作るにあたって、ひとつのスタジオの中に全ての職種の人たちが集まって、その中で作業をしていれば、制作の仕事は極論ですがいらないんですよ。隣の机で作業したものを、次の人に渡せばいいので。でも、みんな分業になって、いろんなところにバラバラに分かれて作業をしている。その人たちはみんなフリーランスなので、他の仕事も掛け持ちしていて、自分の仕事の前後など細かいところまで把握はできていないわけです。そういう人を繋げるために、制作進行というポジションが必要なんです。

――ある意味、マネージャーみたいなものですね。

河口 そうですね。大体、原画で使える期間が4週間あるとしたら、1週間はレイアウト作業に使って残り3週間で原画をやることになるんです。ある原画さんが何十カット分を担当することになって、1日1カットしか上がってこない。その場合は「このペースでいくと何日オーバーしちゃいますよ。1日に2カットは上げてください」と伝えて、作業してもらうのが制作進行です。スケジュールからカット数を逆算して伝えるので、かけ算と割り算が使えればできる仕事でした(笑)。

――今なら、メールやLINEなどで伝えることができますが、当時は直接行って話をしなくてはならないというのも大事だったりしたのでしょうか?

河口 そうですね。でも、そこで雑談するのも楽しかったです。今は長時間労働が問題になるので、それもできないですが。私が設定制作を担当した『機動武闘伝Gガンダム』はメカデザイナーの山根公利さんにとって初めてのサンライズでの仕事だったんです。山根さんに設定を発注する中でいろんな雑談をしていたんですが、山根さんから「自分が一番好きなメカは潜水艦なんです」という話を聞いたんです。それで、『沈黙の艦隊』をやる時にはメカデザインを山根さんに頼んだり……というように、話をすることで、その後いろんな仕事に繋がっていくことがあって、やっぱり雑談をすることにはメリットも大きかったなとは思いますね。

――河口さんが制作進行の仕事を体験した中で、印象に残っているエピソードはありますか?

河口 作品名やご本人のお名前は控えさせてもらいますが、自分が担当した作画監督さんで、とある「なかなか上がらない」手ごわい作画監督Mさんという方がいました。なかなか上がらないので、ベテランの制作進行が担当していたんですが、先輩がみんな辞めてしまったので私が担当することになりました。最初はちょっと怖いと思っていたMさんだったんですが、そのうち仲良くなれました。その作品が終わる頃に雑談をしていると、「お前、次は何をやるんだ?」と聞かれたので、次の作品名を伝えると「そんな作画が楽そうな仕事、俺にもやらせろ。原画作監3日で描いてやる」と嬉しそうに制作デスクに電話して参加することになってしまったんです。スタジオに戻ると、制作デスクから「お前がしゃべったんだから、お前が責任取って担当をしろよ」と言われて。その後、実際に作業に入ったんですが、やはり原画が上がらない。ただ、Mさんはおしゃべりが好きなひとで、私との間では、仕事場に伺って傍に座って業界の世間話をしているとその間作業が進むという謎システムが出来上がっていったんですね。話をする中で、私が動画をやっていたという話をすると、「じゃあ、お前も絵が描けるんだろ? ちょっと手伝え」と言われ、空いている机に座らされてMさんのレイアウトをもとに原画を描きました(笑)。実際に何カットか描いて、「この原画の上からなぞってMさんの線にしてくださいよ」と言ったんですが、「このままでいいよ」と。仕方無いのでそれをスタジオに持ち帰って演出に渡すと、当然ながら「誰だ? この原画を描いたのは?」と言われて。事情を説明すると「わかったから、ちゃんと作監時に本人に仕上げてもらって」と言われ、その旨を再度ご本人に伝えるんですが、またそのまま出してくるという……。そういう経験をしました。原画の手伝いは、トータルで1週間くらいやりましたね。昼は進行やって夜はMさんのところで原画の手伝いと大変でしたけど、今となっては楽しい思い出ではあります。

――他にもそうした苦労はあるんですか?

河口 あまりに上がらないひとに居留守を使われたことがあったので、夜中にその絵描きさんの家を張り込んだこともあります。窓に灯りがつくまで待ってピンポンと。あとは、制作進行をやるようになってクルマの運転が好きになりました。運転すると気晴らしにもなるので、他の進行さんの分も回収するからと、遠回りするルートを回ったり、仕事がヒマな時は他の話数の回収を手伝ったりもしました。それで、夜中ですが鎌倉や埼玉の鶴ヶ島あたりまで行ったりしましたね。

――制作進行の仕事はどれくらいから楽しいと思えるようになったのでしょうか?

河口 1年目の時は、本当に辞めたいと思っていました。「あと2ヶ月保つかな」とか、「とにかく、今の担当話数が終わったら辞めよう」と思いながらやっていて。でも、自分が「辞める」と言う前に、先輩が「辞めます」と言うんです(笑)。そうなると、なかなか言いだし難い。今考えると、『シティ-ハンター2』は、後に関わるガンダム作品に比べるとかなりラクだったんです。でも、他社で制作現場を体験してきたその先輩がいうには「サンライズはキツい」と。そういうことがあって辞めるに辞められずにいて。でも、1年が経過して別のスタジオに異動になり、2年目に入ると最初はできなかったことも出来るようになり、失敗ばかりだったのがだんだんこなせるようになった。特に富野由悠季監督との仕事をやるあたりになると、富野監督が厳しい方なので他の人は怖がっていたんですが、自分はそんなに嫌では無かったんです。そういう意味では、4年目、5年目くらいには「自分はこの仕事が向いているのかもしれない」と思うようになって、「全然やっていけるな」と思いながら仕事をするようになった気がします。

――やはり、それくらいやらないと実感できないところもあるんでしょうね。

河口 やはり、入社1年目の時のしんどさは尋常じゃなかったですね。1話数の放送が伸るか反るかの責任が自分にあるというのは、ド新人にとってはキツイものがありました。当時は「ダビングの時に色がついていないとアウト」と言われていて。私は何度か、ダビングの段階で一部のカットに色が付けられませんでした。その時点で「この世の終わり」くらいのプレッシャーがかかっていて。その後、いろんなスタジオやガンダム作品なんかの仕事をしていくと、ダビングで色が付いてないのが当たり前になっていて、それはそれでやりようはあったことがわかったんです。「あの時、死ぬ思いで色が付けられるように頑張っていた自分は何だったんだ?」ってなりましたね。ただ、ダビング時に全ての色が付いていると、その後の工程が本当にラクなんですよ。音響さんも本来の仕事ができますから。だから、出来る限り色が付くように作業をするべきなんです。

――河口さんがお仕事をしながら、演出ではなくプロデューサーになろうと思ったきっかけを教えてください。

河口 私の先輩で制作から演出になったような人は、制作進行や設定制作をやっている時に絵コンテを描いたりして、一生懸命自分から動いてアピールしているような人ばかりでした。私は、怠け者だったので、真面目にそこまでやれませんでした。『機動戦士ガンダム第08MS小隊』の時には、ちょっとだけコンテを描いたりはしましたが、1話全部とかはやったことがないですし、あらためて演出の人は大変だなと思ったりしてました。また、富野監督と仕事をしてみると、監督は非常に勉強家で真面目だし、努力家です。私はさすがにそこまではできないなと。ここまでやらないと一流にはなれないという現実を見て、だんだんと諦めていったという感じです。

――なるほど。そうした実体験があったからなんですね。では、次回はプロデューサーになってからのお話を伺えればと思います。

(その3)へ続く


河口佳高(かわぐちよしたか)
1965年4月8日生まれ、福井県出身。
1988年にサンライズ入社。制作進行、制作デスク、設定制作などを経て『劇場版∀ガンダム地球光・月光蝶』のプロデューサーを務める。プロデューサー作品には『OVERMANキングゲイナー』『プラネテス』『コードギアス 反逆のルルーシュ』などがある。

 

アニメ制作の裏バナシ 第1回 サンライズプロデューサー河口佳高インタビュー(その1)

 

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