サンライズワールド

特集

SPECIAL

  • 小説
  • サン娘
  • サン娘2nd
2018.06.12

【第01回】サン娘 ~Girl's Battle Bootlog セカンドシーズン

断章Ⅴ

「ねえ……あんたの夢って何?」

 それは、とあるデパートの屋上だった。
 何気なく交わしていた雑談が途切れた拍子に、ふとそんなことを尋ねてみた。
 そいつは少しも考える素振りを見せず、

「夢なんてないわ」

 そう、キッパリと答えた。

「できないことを叶える……それが夢というものでしょ? 私には、そういったものは一つもなかったわ。欲しいと願ったものは、なんでも手に入れてきた。どんなものだって。だから何かを夢見たことも……何かに胸焦がれたこともないわ」

 それはきっと本心からの言葉なのだろう。素っ気ない口調には、投げやりな響きさえあった。当たり前のこと過ぎて口にするのもツマらない……そんな感じだ。

「でもそれって……変なことかしら?」

 そいつの質問に、あたしはすぐに答えられなかった。
 代わりに想像してみる。
 何でもできるからこそ何にも憧れない、そんな人間のことを。
 夢見る必要すらないほど完璧で、全てが揃っていて、何にも不自由することがない。
 それは羨ましいというより――退屈で、未来がないことのように思えた。

「……あたしには、あるわよ」

 だから、こう答えた。

「どうしても叶えたい『夢』ってヤツが」
「…………」

 正確には、『ある』ではなく、たった今『できた』ことなのだが。
 そいつは黙ったまま、じっとあたしを見ていた。
 自分には理解のできない存在――それを観察するように。
 その目は冷たく、無機質で、まるで彫刻のようだ。
 でも、変な話……あたしはその目を見た時、なんだか嬉しくなった。
 いつもだったら、完璧な微笑を浮かべ、そつのない受け答えをしてくるだろう。そうすれば、相手も周りも喜び、全てが上手く収まることを知っているから。
 でも……この時だけは違った。
 配慮や計算を捨て去って、ただ無表情にこちらを見ていた。自分の疑問を隠すことなく、むき出しにして。
 こいつのそんな顔を見るのは初めてだった。
 ようやく、こいつの素顔を見れた気がした。
 それが、嬉しかった。
 だからこそ、あたしの『夢』への想いはますます強くなる。
 叶えたい。いや、どんなことをしても叶えてみせる。絶対に。
 あたしは、そう誓った。
 だって……仕方ないじゃない。
 なんたってこいつは、あたしの初めての――――

 

――――――――。それが、あたしの『夢』よ。あんたが手を貸す理由になるかしら?」
「…………」

 尋ねられた銀髪の少女が、目の前の少女を見る。
 ツインテールの少女だった。やや吊り目がちの、気の強そうな目。その目には、固い決意の色がハッキリと浮かんでいた。

『ここで断られても、自分一人でやってみせる』

 そう、表情が語っていた。
 銀髪の少女は少し考え、

「……わかった」

 コクリと小さく頷いた。

 

一章①

 季節は夏。
 じりじりとした熱気が襲ってくる直前の、七月前半のことだった。
 東京都杉並区の上井草を中心に、上石神井、上石神井南町、下石神井、井草の五区にまたがるほどの巨大な敷地を有した私立聖陽女子学園。その学園の一角、『第三プール場』と呼ばれる室内プールに、黄色い声が響き渡った。

「はああああああん! 素敵すぎますわ、まあちさああああああん!」

 感極まった声をあげながら、九鳳胤栞くほういんしおりは目の前の少女に賛辞を送った。

「えへへ。いいでしょー♪ おろしたての水着なんだぁ♪」

 褒められたポニーテールの少女――七星ななほしまあちは、明るく笑いながら、自分の水着を見下ろす。標準的なワンピースタイプの水着。クリーム色を基調とした生地には、ブラウンとブラックの水玉模様が描かれている。小柄ながらほどほどに出た胸と、引き締まったお尻が、健康的な魅力を放っていた。

「はぁ……可愛すぎますわ、まあちさん……。スタイルは言うに及ばず、その水着もとても魅力的ですわ。クリーム色とブラウンとブラックの理想的な配色は……そう、例えるならジオンが生み出した至高の萌え系MSモビルスーツ――型式番号MSM-04、アッガイ! まさに水陸両用すいりくりょうよう級の可愛さですわ!」
「スイーツ級の可愛さ……? そう! その通りだよ、栞ちゃん! この水着はね、『あんパン』をイメージして買ったの! この茶色はパンで、黒いのはあんこ。甘くておいしそうでしょー」
「ええ! 巨大鍾乳洞しょうにゅうどうでの潜入作戦で素敵に活躍しそうですわ!」
「うんうん。あんパンは鍾乳洞で食べても美味しいよね~♪」
「……いや。あんたらの会話、まったくかみ合ってないからね?」

 呆れた顔をしながら、ツインテールの少女がツッコんできた。名前は、神月楓こうづきかえで。気の強そうな目が特徴の女の子だった。

「栞も感激しすぎでしょ。まあちの水着姿なんてnフィールドで腐るほど見てるじゃない」
「それは違いますわ、楓さん。nフィールドの時はスクール水着。それも『水着風のアンダースーツ』に過ぎません。やはり本物の水着とは『可愛さ』と『破壊力』が全然違いますわ!」
「なんの破壊力よ……」

 力説する栞についていけず、楓が嘆息たんそくを漏らす。だが、不意にジロリと栞を見返すと、

「だいたいねー……破壊力うんぬん言うなら、あんたの格好の方がどうかしてんのよ!」

 ビシッと栞を指さす。
 柔和で気品ある顔立ちに、ゆるやかにウェーブしたセミショートの少女。そんな栞の今の姿は、ビキニの水着だった。まあちよりも布地が少ない、マイクロビキニ。腰にはパレオを巻き、全体をブルーのカラーで統一している。

「なんなのよ、そのキワキワ『ビキニ』は! ここ、学校のプールなんですけど!?」
「そ、その……中等部の頃に買ったモノなのですが……久しぶりに着てみたら、サイズが合わなくて……。かといって、学校指定の水着では味気が無いかと……」

 どうやらマイクロビキニではなく、単にサイズが一回り小さいだけのようだった。
 栞は恥ずかしそうに頬を真っ赤にしながら、モジモジと身をくねらせる。そのたびに胸元のたわわな双丘がブルンと豪快に揺れた。楓はその胸元を見て、

「ふ……フンッ! 質量があればいいってもんじゃないわ! 大事なのは機動性よ!」

 不機嫌そうにそっぽを向く。

「楓ちゃんは学校の水着なんだ」

 楓は紺色のスクール水着を身に着けていた。学校指定の水着である。

「水着なんて、コレひとつあれば十分でしょ」
「そうかな~? でも、楓ちゃんのスク水姿って新鮮だよね。ほら、普段は私がサン娘で着てるでしょ? だから変な感じー。スラッとした楓ちゃんの体型に合ってて、私より似合ってるかも♪」

 まあちとしては褒めたつもりだったが、楓はギンとまあちを睨み、

「そこまでスラッとしてませんけど!? 出るとこは出てるから!」
「えー……そうかな?」
「そうなの! ……そもそもねー、授業でもないのに、なんで学校のプールに来なきゃいけないのよ……」

 楓がブツクサ言いながら、プール内を見渡す。
 プールに他の生徒たちの姿はなく、この場にいるのはまあちたちだけだった。
 それもそのはず。今日は休日だった。

「まったく……休日にまで学校のプールに入るとか……」
「イヤなら来なければ良かったのに」

 楓の後ろから声がした。
 一人の少女が現れる。短く切りそろえた髪に、クールな瞳。
 天霧静流あまぎりしずるだった。
 黒い競泳水着に身を包んだ静流は楓を見て、

「別に貴方がいなくても誰も困らないわ。それに、これは『楽援部』の活動なのだから」

 そう。今日はまあちたちが作った部活――もとい、愛好会の活動だった。『楽しい学園生活を応援する部活』……略して『楽援部』。まあちが、聖陽学園の生徒たちのやりたいことや、その夢を手伝うために作った部活だった。

「はんっ。あたしだって来たくなかったわよ。でも、まあちが『今日だけはどうしても来て来て来て来て、楓ちゃん!』なんてしがみ付いてくるから……」
「えへへ。ごめんね。でも、今日だけは絶対に来てほしかったんだ。今日は『あの子』のために集まったんだもん。私たち楽援部の新しいメンバーの……」

 そう言って、更衣室へと繋がる通路に目をやる。楓たちもそちらを向いた時、ちょうど当の本人が姿を現した。
 小柄な身長に、透き通るような白い肌。
 そして、何よりも目をひく、長い銀の髪に、銀の瞳。

「おっ! レイちゃーん!」

 まあちが手を振る。
 その人物こそ、まあちが聖陽学園に転入した日に出会った少女――レイだった。
 普段は制服を着ているが、今日は白いスク水を着ている。その長い銀髪も、頭の後ろで一つにまとめられていた。

「よく似合ってますわ、レイさん♪」
「銀髪に白スク……かなりマニアックな組み合わせね。一部のコアな人たちには人気出そう……」
「あのスク水……間違いないわ。中学時代のまあちゃんの水着ね」
「まあちのって……あんたんとこ、白スクが学校指定だったの?」
「ええ。そうよ」

 栞たちが、レイを見ながら口々に感想を漏らす。
 すでに、みんなにはレイを紹介していた。あれは二度目の桜花祭が終わった頃のことだ。
 ……ちなみに、桜花祭は各々の部活動が新入生を勧誘するためのイベントで、一度中止になっている。静流がまあちに個人的な復讐を果たそうとして、潰してしまったのだ。その後、紆余曲折を経て静流とまあちは和解し、桜花祭も再び開かれることとなった。その二度目の桜花祭で、楽援部は新たに静流を加え、まあち、栞、楓の四人で歌とダンスを披露したのだ。ただ……残念なことに新しい部員は集まらなかったけど。
 そして、二度目の桜花祭が終わった後、まあちはレイを訪ねた。
 以前、交わした約束を果たすために。

「約束したよね、レイちゃん。一緒に部活やろうって」

 その言葉に、レイが頷く。レイも以前交わした約束を覚えていたのだろう。

「私たちの楽援部に……入ってくれる?」

 銀髪の少女はじっとまあちを見て、

「……うん」

 そう、口にした。
 次の日、早速、まあちはレイを栞たちに引き合わせた。レイと会えるのは朝の時間帯だけ。だから、学校に行く前にみんなを並木道に呼び出したのだ。
 レイを見た楓たちの反応は様々だった。
 栞はレイの銀の髪を見て、

「なんて綺麗な髪の毛……光にキラキラと輝いて……」
「でしょ! すっごく綺麗なの!」

 レイを後ろから抱きしめ、よしよしと頭を撫でる。

「まあちゃんからあれだけの寵愛を受けるなんて……油断ならない子ね」

 静流が嫉妬の炎を上げながら、ギリギリと爪を噛む。

「目立つ容姿のわりに、こんな子、見た記憶ないわね。あんた、何年よ?」

 楓がレイに尋ねる。

「中等部? 高等部? 学科はどこよ」
「…………」
「あんたに聞いてんだってば。答えなさいって」
「…………」

 レイはしばらく考え、

「……分からない」
「いや、分かんないって……。ホントにこの学園の生徒なの? 制服着ただけの部外者なんじゃない?」
「まさか……レイちゃんを学園から追い出す気!? ひどいよ、楓ちゃん!」
「ひどくなんかないわよ。いたって普通の対応じゃない」
「そんな! レイちゃんが可哀そうだと思わないの!?」
「まぁ正直な話、この子が部外者だろうがなんだろうが、あたしにはどっちでもいいんだけど――」
「鬼! 悪魔! 貧乳!」
「表出なさい! そのケンカ買ってやるわ!」

 無い袖をくり、ガルルとまあちに牙を向く。

 

 それが、二か月前のことだ。
 今ではすっかりレイは楽園部の一員になっていた。それでも、部室に来るのは一週間に一度あるかないかだったけど。レイは、何の前触れもなくフラリと部室に突然現れるのだ。そして、しばらく会話した後、気づけばいなくなっている。相変わらず不思議な子だった。こっちから会いに行こうと思ったら、やはり朝の並木道を訪ねるしかない。
 そのレイがプール際に立ち、じっと水面を眺めていた。そのまま動かないレイに、楓が、

「見てるだけじゃなくって、中に入ったらいいじゃない。もともとそのために来たんだから」

 わざわざ楽援部でプールを貸し切ったのは、レイをプールに入れるためだった。
 いつもぼうっとした表情をしているレイ。そんなレイに「何か興味のあることってある?」と聞いてみたところ、

「……水……」
「え? 水?」
「水は……不思議……。さらさらとしてて……形がなくて……面白い……」
「水に興味があるんだぁ。この辺に池と川とかあったっけ? あれば連れてってあげるのに」
「池や川もあるっちゃあるけど、どうせだったらプールにでも連れてってあげたら? そこなら見るだけじゃなくて実際に泳げるじゃない」
「よし! じゃあ、レイちゃんをプールに連れて行ってあげよう! レイちゃんの楽援部の歓迎会も含めて!」

 そういった経緯で、こうしてみんなと一緒にプールにやってきたのだ。
 レイが水面へと手を伸ばす。指先を水の中に入れ、その感触を確かめるように指を回す。さらに、両手で水をすくい、透明な液体をじっと観察する。やがて舌を出すと、顔を近づけ、水を舐めようとしたところで――

「うわぁ! それは舐めない方がいいって!」

 まあちが慌てて駆け寄る。
 が、水に濡れたプールタイルは滑りやすく、案の定ツルっと足を滑らせた。そのままレイを背後からプールに突き飛ばす形で、一緒にプールに落ちる。

「まあちさん! レイさん!」
「あーあー。何やってんだが……」

 すぐさま水面から飛び出すまあち。「ぶふー!」と口に入った水を吹き出す。
 続けて、レイが静かに浮かび上がってきた。

「レイちゃん、大丈夫だった!?」
「…………」

 レイは怒った様子も見せず、揺れるプールの水を眺め、

「……面白い」

 ぽつりと呟いた。
 相変わらず表情はぼうっとしたままだったが、どこか楽しげな様子だった。
 そのままスイーと泳ぎ始める。静かに足で水をかく。泳ぎ方を知っているというよりは、今まさに泳ぎ方を学んでいるという感じだった。

「気持ちいい……」

 どこまでも泳いでいくレイ。その姿を眺めながら、

「レイちゃん、気に入ってくれたみたいだね」
「ふふっ。良かったですわ」
「あの子……綺麗な泳ぎ方ね。素質があるわ」
「静流がまあち以外を褒めるなんて、よっぽどのことね」
「っ! そうだ!」

 まあちが何かを思いついたようにパンと手を叩いた。

「もうすぐ夏休みだよね。夏休みになったらさ、みんなで海に行こうよ!」
「海……いいですわね!」

 プールの端に行ってから戻ってきたレイに、まあちが尋ねる。

「レイちゃん、私たちと一緒に海に行かない?」
「海……海水……」

 レイは少し考えてから、やがて「……行ってみたい」と頷いた。

「じゃあ、決まり! 夏休みになったら、楽園部の海合宿! みんなで海に行こう! 約束だよ!」
「まあちさんと海……いい思い出ができそうですわ」
「新しい水着を買わないといけないわね。まあちゃんとの海バカンス……」
「あんたらね……もっと純粋に海を楽しみなさいよ……」

 やる気を出す栞と静流に、楓が呆れながらツッコミを入れる。

(ああ。早く夏休みが来ればいいなぁ……)

 まあちは期待に胸を膨らませた。

(つづく)

著者:金田一秋良

イラスト:射尾卓弥

©サンライズ

©創通・サンライズ

  • Facebookでシェアする
  • Xでシェアする
  • Lineでシェアする