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2018.10.02

【第17回】サン娘 ~Girl's Battle Bootlog セカンドシーズン

断章Ⅳ

 何を着ていくか悩むなんて、初めての経験だった。
 クローゼットから服を取り出し、鏡の前で当ててみる。まるで普通の女の子みたいに。
 服装に全く興味のないあたしだけど、持ってる服装の種類は多い。
 無頓着であるが故に、カタログから適当にオススメのセットを選んで購入しているから、一着買う度にアウターもインナーもボトムスも一通り付いてくるのだ。
 さんざん悩んだ結果、雑誌に載ってた『夏の爽やかコーデ♪』セットに決めた。白のノースリーブにフリル調 の黒いキャミソールを重ね、下はデニムスカート。スカートは苦手だったけど、だからこそ履いてみようと思った。
 今までとは違うことをする日なのだ。なら、服装もいつもと違った方がいい。
 スースーする足元に慣れないまま、あたしは電車に乗って、上石神井の駅で降りた。
 商業区である西区は、ちょうど夏休み初日ということもあって、大勢の生徒たちで賑わっていた。
 駅前には待ち合わせをしている人たちも多く、あたしもその端っこにちょこんと立った。
 顔を俯かせているのは、自分の足元の地面に興味があるからで、決して周囲から『誰かを待ちわびている人』という目で見られたくないからじゃない。
 あたしは周りの奴らとは違うのだ。たかが知人と外出することに浮かれたりはしない。あたしは足元の舗装タイルの配列を芸術的観点から観察してるだけで――

「……あら、ずいぶんと早いのね」

 夏のジメジメとした蒸し暑さすら忘れさせるような、凜とした涼しげな声。
 顔をあげると、目の前にそいつが立っていた。いつもの微笑みを浮かべて。
 あたしは微笑み返したりせず、あえて素っ気ない口調で、

「いま来たところよ」

 と、言った。
 だが、そいつはかぶりを振り、

「いいえ。正確には三四分前よ。そこの喫茶店から、ここに立つ貴方の姿がずっと見えていたわ」
「っ! 見てたの!?」
「ごめんなさいね。すぐに声を掛けようとしたのだけれど、ソワソワと立っている貴方の様子が興味深くて、少しだけ眺めていたくなっちゃったの」

 悪戯っぽい笑みを浮かべる。
 ずっと見られてた……だって? 約束より一時間も前に来たところを? PDで何度も何度も時間を確認する姿を? ウィンドウガラスに向かって自分の髪型とか服装とかチェックする姿を?
 それを全部……?
 瞬間湯沸かし器のように、一気に顔が熱くなるのが分かった。
 だが、最後の意地でみっともなく取り乱すことだけは避け、軽口を叩くようにして、

「ず、ずっと人を待たせて……な、なんかオゴリなせ……なさいよっ!」

 噛みまくりながら言った。
 そんなあたしを見て、そいつは口元を押えておかしそうに笑った。

 

 休日に一緒に遊ぼうという約束だった。
 何をするかは決まってない。目的も決めず、街をブラブラしようという話だった。
 通りを歩き、目についたお店に入って、小物や服やらを見て回る。
 商品の購入なんて通販で十分だと思ってるあたしにとって、品定めのために歩き回るという行為は、非効率で無駄以外の何物でもないと思っていたが……その行為も、連れの人間と一緒に行うと、その意味が変わることに気付いた。
 さらにそれが、知識豊富かつ優れたセンスを持ってる相手だった場合、より顕著になる。
 服飾店では店員(服飾部の生徒)よりも優れたコーディネート力と最先端ファッションに関する情報力を見せたかと思えば、書店で『○○賞候補』(○○には直木とか本屋とか色々と入る)とかいう話題の本をさらりと一通り紹介し、なおかつ通りの外れの古書店であたしが好きそうな古典文学を勧めてきたり(隠れ動物好きなら心が惹かれるとか)、ミュージックショップではクラシックから8ビットのゲームサウンドまで無節操に聴かせてきたり(そのほとんどがあたしの作業用BGMになった)、家電量販店であたしの部屋の居住性を向上させる電化製品(その全てに『全自動』という物ぐさには魅力的な単語がついていた)を見せてきたりと……ホントもう色々だ。
 一体どこまで詳しいんだと尋ねてみると、

「調べれば、誰にでもすぐ分かることだわ」

 実に平然とした顔で答えてくる。謙虚さを装っているという雰囲気も見えない。
 だからこそ、気になる。

「いや……普通の人がそうじゃないことぐらい、あんたにも分かってるでしょ?」

 普通の人間はそこまで広範囲のことを調べないし、覚えようとも思わない。
 天才は周囲に無頓着故に天然なところもある。……なんて言葉では片づけられない。こいつは少なくとも、一般人以上に周りのことが見えている。だからこそ、一般人との違いぐらい自覚できてないとおかしい。

「そうね……ええ。その通りだわ。『誰でも』は訂正するわね。……それと、貴方ってやっぱり面白いわね」

 あたしの指摘に対して気を悪くするどころか、むしろ嬉しそうに笑いながら答えた。
 ……この場合は、さすがにこの言葉を使わざるを得ない。

 『天才の考えることはよく分からん』。

 

 一通り商業区を巡り、日が落ちてきた頃、唐突に「行きたい場所がある」と言われた。
 そこは、デパートの屋上だった。
 子供用の遊技場があり、コインで動く乗り物や豆汽車などがある。
 ただ、ここにいるのは聖陽学園の生徒――つまり中等部以上の子たちなので、誰も利用していない。

「あたし、こういう場所に来るのって初めてかも」
「そう? 私は小さい頃、よく叔母に連れられて来たわ」
「へぇ。こういう場所が好きだったの。あんたにも人並の――ホオジロシマリスみたいな可愛げがあったのね」
「違うわ。好きだったのは、叔母の方よ。私は付き添いで来ていたの」
「は……?」
「私が六歳の頃、叔母は既に二〇歳だったわ。私と同じぐらいの子供たちに混ざって、豆汽車に乗ってはしゃいでいる姿は、なかなかに愉快だったわね」
「……子供心を忘れない人だったのね」
「そうね……。叔母は、まさに子供のような人だった。いつだって『なんだって出来る』って無邪気な全能感に満ちていた。好奇心旺盛で、やりたいことに満ち、夢を語るのが好きだった。だからといって甘い夢想家でもなく、時に失敗をすることがあってもそれすらも笑って楽しむことができる……そんな人だったわ。叔母のような人、これまで誰一人として見たことがない」

 叔母のことを語るそいつの口調はとても誠実で、どこか誇らしく、そして優しかった。

「その叔母さんのこと、ずいぶんと好きなのね?」
「好き……なのかしらね。尊敬していたのは事実だけど」
「『していた』って、どうして過去形なのよ」
「叔母は亡くなったの。もうこの世にはいないわ」

 あまりにもさらっと言われたので、逆にドキッとしてしまった。
 咄嗟に返す言葉が思いつかず、言葉に詰まっていると、

「気にしないで。もう六年も前の話よ」

 なんでもないというような顔で言った。それは、とうに過去を乗り越えた者の顔だった。
 だから、私は慰めの代わりに、別のことを口にした。

「なんでそのことをあたしに話したの……?」

 どうしてこの場所にあたしを連れて来たのか。

「理由は……そうね。貴方は『友達』だから」
「……え?」
「『友達になりましょう』って言ったのは貴方よ。違う?」
「…………」
「自分の好きなものの話を友達にした。ただ、それだけよ」

 そう言って、微笑んだ。
 その日、そいつと色々なことをした。通りを歩き、お店を巡って、一緒にご飯を食べた。
 だけど、それらの記憶が全部吹き飛ぶぐらい、それは衝撃的な言葉だった。
 ――ひと言でいえば嬉しかった。
 『友達』と言われたことが。

「……そういうクサいことも言うのね、あんた」

 素直じゃないあたしは、『嬉しい! ありがとう!』などとは言えず、そんな軽口めいた言葉を口にした。

「貴方には口にできないことよ。性格的に素直じゃないから」

 全てお見通しだった。
 それも友達だからだろうか。
 そこからあたしたちは何でもない話をした。
 学校のこと。
 最近見たテレビのこと。
 ムカついたこと。嬉しかったこと。
 とりとめのない話をとりとめもなくし続ける。
 完全に日が落ち、街の明かりが夜を照らす中、あたしは何気なくそいつに聞いてみた。

「ねえ……あんたの夢って何?」

 叔母はよく夢を語ったという。だが、こいつ自身はあまり自分のやりたいことなどについて語らない。だから、聞いてみたかったのだ。
 だが、そいつは、

「夢なんてないわ」

 そう、キッパリと答えた。

「できないことを叶える……それが夢というものでしょ? 私には、そういったものはひとつもなかったわ。欲しいと願ったものは何でも手に入れてきた。どんなものだって。だから何かを夢見たことも……何かに胸焦がれたこともないわ。でもそれって……変なことかしら?」

 そいつの質問に、あたしはすぐに答えられなかった。
 代わりに想像してみる。
 なんでもできるからこそ何にも憧れない、そんな人間のことを。
 夢見る必要すらないほど完璧で、全てが揃っていて、何にも不自由することがない。
 それは羨ましいというより――退屈で、未来がないことのように思えた。
 もっと簡単に言えば、『寂しい』と感じたのだ。

「……あたしには、あるわよ」

 だから、こう答えた。

「どうしても叶えたい『夢』ってヤツが」
「…………」

 正確には、『ある』ではなく、たった今『できた』ことなのだが。
 そいつは黙ったまま、じっとあたしを見ていた。
 自分には理解のできない存在――それを観察するように。
 その目は冷たく、無機質で、まるで彫刻のようだ。こいつのそんな顔を見るのは初めてだった。
 変な話だけど……あたしは、なんだか嬉しくなった。
 こいつはいつも綺麗な笑みを浮かべている。見ている者に嫌な感情一つ抱かせない、計算し尽くされた完璧な笑顔。
 でも、あたしはそれが嫌いなわけじゃない。むしろ素直に感心している。
 周囲と良好な関係を築くための労力コスト 、それはあたしには払えないものだから。
 でも、きっとそれ以外の顔だって持っているはず。
 そして今、ようやくこいつの素顔を見れた気がした。
 それが、嬉しかった。
 だからこそ、あたしの『夢』への想いはますます強くなる。
 叶えたい。いや、どんなことをしても叶えてみせる。絶対に。
 あたしは、そう誓った。
 だって……仕方ないじゃない。
 なんたって目の前にいるこいつは、あたしの初めての――――

「ただ……」
「え?」

 そいつの言葉で、一瞬思考が止まる。

「夢はないけど、やりたいことならあるわ」
「へぇ……。ちなみに、何よ」

 興味を惹かれ、尋ねてみた。

「それは――」

 

 終わりのないタイピング。
 今が昼か夜かも分からない。何日前からコレを続けているかも分からない。
 ただ、全力で走り続ける打ち続ける。目指すゴールに向けて。
 そのゴールは――ERINUSSのメインシステム。
 あたしはERINUSSの心臓部にアクセスしようとしていた。

「ERINUSSが生徒たちの情報を収集してる……?」

 デパートの屋上で尋ねたあたしに、そいつは答えた。

「ええ。ERINUSSが理想的な環境管理を目的として創られたものであることは、貴方も知ってるでしょ?」
「もちろん。でも、学園運営に転用される際、そのあたりの機能はデリートされたはずよ」
「それが完全に消去されていなかったとしたら?」
「……っ」
「ERINUSSはPDを通じて、今も生徒たちの情報を収集している。今のところそのデータが悪用されているような兆候は見られないけれど、事実なら一大事よ」
「それ、どこで聞いたの?」
「理事長たちが話していたのを偶然聞いてしまったの。立場上、接する機会も多いから」
「あー……なら、学園側も気づいてて見て見ぬフリしてるパターンか」
「知ってしまった以上、放っておくことはできない。かといって学園側に訴えてもまともに取り合ってはもらえないでしょう。事実であればこそなおさらね」
「必要なのは決定的な証拠。……もしかして、あんた」
「ええ。ERINUSSにアクセスしようと思ってるの」
「本気なの? バレたら退学……いや、最悪の場合は学園側から訴えられるわよ?」
「仕方ないわ。生徒たちを守るためだもの」

 まっすぐな瞳で答えた。
 どうやら本気のようだった。
 本気で誰かのために、自分の人生を賭けようとしていた。

「……あたしがやるわ」

 気づけば、そう口にしていた。

「ERINUSSのセキュリティホールなら既に見つけてる。そこを糸口にしていけば、メインシステムのハッキングも不可能じゃない。あたしなら……必ずやれる」
「でも、見つかったら貴方が……」
「いいのよ。あたしの方が失うものは少ないから。……それにやらせてよ。ほら、あたしたち、その、あれでしょ?」

 『友達のために』なんてセリフ……やっぱり恥ずかしくて口にはできない。
 その不器用さもあたしらしいというように、そいつは微笑わらって、

「ありがとう……神月さん」

 あたしは一度受けた信頼を裏切ったりしない。そもそも誰かに信頼されたことが初めてだから。
 だからこそ、こうして一心不乱に自分の部屋でキーを打ち続けている。
 ERINUSSの情報を外側から少しずつ書き換え、内部へと侵入していく。
 時間感覚が消失し、目に見える物全てが数式に変換され、もはやなんのためにこれをやっているのかも分からなくなるほど集中し続け、ついに――
 扉が開いた。

「なんなのよ……これ……」

 ERINUSSのメインシステム内部――そのゴールに待っていたのは、予想外のモノだった。
 ソレはあたしに話しかけてきた。

「貴方は……誰……?」

 スピーカーから響くのは女の子の声。
 PCモニターには一面のノイズ。だが、ノイズが人らしき形にうごめいている。

「私に触れる貴方は……誰なの……?」

 そうあたしに尋ねてきた。
 あたしは覚悟を決めて、PC用マイクを持ち、 目の前の存在に問いかけた。

「あたしこそ聞きたいわ。あんた、誰なのよ。どこからアクセスしてるの?」
「私は……初めからここにいた……。ここだけが私の世界で、私そのもの……」

 茫洋ぼうようとした口調に、途切れ途切れの言葉。
 まるで生まれて初めて人と話したような拙さ。
 こいつは……なんなんだ。そもそも人間なのか?

「あんた……一体なんなの?」
「私……私は……LAY」

(つづく)

著者:金田一秋良

イラスト:射尾卓弥

©サンライズ

©創通・サンライズ

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