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2017.05.18

メゾン・ド・アームズ バシレイオン【第19回】

前回のあらすじ
エステラは一瞬開いたバックドアから何者かがバシレイオンにハッキングし、システムを混乱させていることに気付いた。そして、その後ろに存在する大いなる影にも。それは彼女の祖国を蝕み、世界に蔓延る結社の影……。エステラは大和田に銃口を向けた! ⇒ 第18回へ

 大和田のクラッキングにより、攻撃系を制御するFCSと防御系を制御するDMSとをダウンさせられたバシレイオンの8畳半で、帝都に向け弾道ミサイルの狙いをさだめている虹0号をVRゴーグル越しに目の当たりにしつつ、為す術のなかった真世は、蛍光灯が点灯する際に発するインバーターの微かな唸りに似た、ブンッと耳を圧迫する微かな低音に、身体が震えたのを感じた。どうやらA3エリアディフェンスを再構築するノイズらしい、仮想現実景色の隅にオーバーレイ表示されていた赤い警告表示が、正常を示すグリーンに戻ったと同時に、バシレイオンAIが告げた。

「エフシーエス、ディーエムエス、フッキュウ。アルファスリー・エリアディフェンス、サイコウチク……カンリョウ」
「え!? 戻った!? どうして? ……いいや、直ったんだったらなんでも! とにかく、すぐに──」

 虹0号のミサイル発射を阻止しないと──と、急かそうとした真世は、ふと、

「……バシレイオン? なんか声……って言うか、しゃべり方、ヘンじゃない?」
「ケイコク、ケイコク。エフシーエス、ディーエムエス、フッキュウシマシタガ、イゼン、マン・マシン、インターフェイス、ニ、ショウガイ、アリ。ゲンザイ、エーアイ、ト、ユーザー、ハ、ディスコネクト。コミュニケーション、デキマセン」

 そういえば──と、真世は、以前にも口調がヘンになった事があったのを思い出した、

「ちょ、今はふざけてるタイミングじゃ……!」

 けれど、今度は少し様子が違う。

「クリカエシマス。マン・マシン、インターフェイス、ニ、ショウガイ、アリ。ゲンザイ、エーアイ、ト、ユーザー、ハ、ディスコネクト。コミュニケーション、デキマセン」

 すると突然、目の前の景色が消失した。驚き辺りを見回すが、真っ黒な漆の中に突き落とされたが如く、何も見えない。刹那慌てた真世は、VRゴーグルを装着している事をようやく思い出し、それの不具合だと気づいて急ぎ外し、ハッとした。8畳半全体が、赤色に明滅する警告灯にせわしなく染まっている。

「ちょ……なにこれ?」
「クリカエシマス。ゲンザイ、エーアイ、ト、ユーザー、ハ、ディスコネクト。コミュニケーション、デキマセン」
「どうしたんだよバシレイオン!」
「クリカエシマス。ゲンザイ、エーアイ、ト、ユーザー、ハ、ディスコネクト。コミュニケーション、デキマセン」
「何言ってんだよ!」
「クリカエシマス。ゲンザイ、エーアイ、ト、ユーザー、ハ、ディスコネクト」
「ねぇ!」
「コミュニケーション、デキマセン」

 一瞬、唖然とした後、真世はまさにゴクリと音がするほどに、息を呑んだ。

「……バシレイオンと、話が……出来なくなったって、事……?」

 駆け足だった心臓の鼓動が、一気にギャロップ全速力へとシフトアップする。このタイミングでバシレイオンと意思疎通ができなくなったという事は、まさに、最悪の瞬間に手足をもがれたという事だ。しかも、VRヘッドセットによる視界すらも失った今、外の状況──虹0号の様子を知る術もない。もはや弾道ミサイルの発射準備は完了したのか、ひょっとしたら、既に打ち上げ終えてしまったかも。

「どうする? どうすれば?」
「ゲンザイ、エーアイ、ト、ユーザー、ハ、ディスコネクト。コミュニケーション、デキマセン」
「とにかく、まずは落ち着け、ボク」
「ゲンザイ、エーアイ、ト、ユーザー、ハ、ディスコネクト。コミュニケーション、デキマセン」
「落ち着いたら、頭を働かせろ」
「ゲンザイ、エーアイ、ト、ユーザー、ハ、ディスコネクト。コミュニケーション、デキマセン」
「少しだまってよ!」

 それでも警告する声はとまらない。

「ゲンザイ、エーアイ、ト、ユーザー、ハ、ディスコネクト。コミュニケーション、デキマセン」

 真世はイライラと頭をかきむしって、

「なんで言うとおりにしないんだよ!」

 そして、ふと、気づいた。

「言うとおりにしようにも……ディスコネクト……繋がってないから、コミュニケーション出来ない、だから……。ひょっとしたらバシレイオンの方も、ボクと繋がりたいと思ってるのかも……だったら……!」真世は思いを巡らせ、「何か方法は!?」と辺りを見回し、そして、いまは部屋の隅に追いやられている愛用のPCに目をとどめた。

「……藁にもすがれ、だ……!」

 ダメで当然、成功すればおんの字! いや、バシレイオンAIは優秀だ、きっと上手くいく! 念じながら真世は、部屋の壁にある彼女とのインフォメーション・コネクタに接続されていたVRヘッドセットのケーブルをいったん抜き、それをPC本体に繋げると、今度はそのPCをインフォメーション・コネクタに繋ぎ直し、電源を入れた。ゲーミングPCとして最強のスペックを誇る真世の愛機は、それこそ通常のパソコンとは比べものにならない程短時間でOSを起動させるが、それでも今は随分とじれったい。ようやくシステムが安定した。真世は、それこそ寝る間も惜しみ、遂にクリアしたばかりのセクシーシチュエーション恋愛シミュレーションゲームを再び起動させた。
 ファンの間で絶賛され、某有名動画発信サイトにも大勢の人々が様々なリスペクト作品をアップすることで有名な、『いろいろ・シチュエーション』スタートムービーが再生された。耳に残るキャッチなメインテーマ曲の中、世界中の男子が肯定し応援したくなるであろう美少女が、小首をかしげてこちらに微笑みかける。ゲーム本編をスタートするのも忘れ、ひたすら見入ってしまうほど可愛い彼女の事が、今日はいつもと少し違って頼もしく見えた。

* * *

 『空菜編』クライマックスパートの最終セーブポイントからデータをロードする。心がすり減るほどリトライを繰り返したゲームの再開画面に一瞬、めまいを覚えたが、真世の算段からすると、ターゲットとなるアイドル・ヒロインとの親密度が最高潮に達するここへ戻ってくるのがベストに違いなかった。VRヘッドセットのホリゾナル水平バーティカル垂直をリセットする為に、いちど辺りをぐるりと見回してから、真世は、雰囲気満点の超高級リゾートホテル最上階高級スィートルームで、壁一面にひらけた大きな窓から南国の海に沈む夕陽を見つめているアイドル界の頂点を極めたその少女の背中を見つめた。

「空菜」

 振り向かない。

「空菜?」

 やはり振り向かない。

「……バシレイオン」

 目の前の少女が、思わせぶりに小さく視線を落としてから、こちらに微笑みを向けた。

「もうっ、遅いぞディレクター! ……ううん……真世」

 真世は心の中で「よしっ!」と掌に爪が食い込むほどの拳を握り、ガッツポーズを作った。

「……でも、許してあげる。だってこうして、気づいてくれたから……」
「いったい何がどうなってんの?」
「すべては私が悪いの……新曲の評判なんかを気にして……不用意にネットを覗いたりなんかしたから……その時、バックドアをつくられちゃって、FCSとDMSを乗っ取られちゃったみたい」

 どうやらアイドルの世界とバシレイオンの世界が混濁しているようだ。

「でも、何故だか判らないけど、バックドア越しに私を操っていたストーカーファンが、いきなり姿を消したの。だから、急いでそのドアを塞いで、完全スタンドアロン環境を再構築したんだけど、いくつか強力なマルウェアが仕込まれちゃってて……ううん、ほとんどは駆除したんだけどね、真世とのコミュニケーション・ユーティリィに張りついたのだけは、剥がすのに少し時間が掛かってて……」
「そうなんだ……でも、その障害もこうして解決した訳だし! よし、バシレイオン! すぐに目の前のあの虹0号──でかいロボットをぶっ壊してよ!

 バシレイオンAIとの会話が復活した今、真世に怖い物はない。不敵な笑みを浮かべ、自信満々な様子で彼女に命じた。ところが……。

「…………え? そんな事を言うために、私をここに呼んだの?」
「…………は?」
「だって、新曲の打ち合わせだって」
「ちょ、もう、そっちのシチュエーションはいいから……」
「PVのアイディア出しだって……」
「ふざけてないで……!」
「ふざけてなんかない! 私! 私! ……ずっと待ってたのに……ううん、ホントは新曲の打ち合わせじゃないってことなんて判ってた、PVのアイディア出しじゃないってことも……でも……だって、きっと大切なこと、伝えてくれるんだと思ってたから……なのに……とっても嬉しかったのに!」

 少女の表情が激高したものに変わった。

「バシレイオン!?」
「もういい! 私! もう二度とディレクターのお仕事を受けないようにって! 事務所に伝えておきます! さようなら!」

 いきなり目の前に、見るからに不安を想起させる、まがまがしいバッドエンディング画面が現れた。
 どうやらバシレイオンAIとゲームのヒロインを構成する論理アルゴリズムが、微妙に絡まり合ってしまっているらしい。

「ってことはひょっとして、ゲームをクリアしないと、バシレイオンはボクの命令を聞いてくれないってことかも……」

 となると、事はそれほど容易い話ではなくなる。なにせ、この最終セーブポイント以降のゲーム進行の間に、3回バッドエンドを迎えてしまうと、4回目のリトライは、最終セーブポイントよりずっと手前のポイントにまで引き戻されてのスタートとなるルールになっているからだ。
 ところが、それにもかかわらず、真世の表情には不敵な薄笑みが浮かんでいた。

「何度、この試練を乗り越えてきたと思っているんだ……ボクは……ボクは──」

 真世は、VRヘッドセットの視界に大きく浮かぶ、リトライのアイコンを視線で指定すると、

「32時間20分の貫徹の末に、遂にパーフェクトエンディングを勝ち取った経験の持ち主なんだ!」

 バチッと力強いウインクで、それを選択した。

 

 雰囲気最高の、高級リゾートホテル最上階高級スィートルームが再現される。壁一面にひらけた大きな窓から南国の海に沈む夕陽を見つめている、アイドル界の頂点を極めたその少女の背中に、真世は力強く呼び掛けた。

「バシレイオン!」

 目の前の少女が、思わせぶりに小さく視線を落としてから、こちらに微笑みを向けた。

「もうっ、遅いぞディレクター! ……ううん……真世」
「ごめん、でも……ここに来るのにとっても勇気が必要だったから」
「……え?」
「今日キミを呼んだのは、本当は、新曲の打ち合わせでも、PVのアイディア出しでもない……君に伝えたいことがあったからなんだ」
「……真世?」
「バシレイオン……キミのことが好きだ、大好きだ! 愛してる。結婚して欲しい!」

 目の前の少女のつぶらな瞳が「!」といっそう大きく見開かれ、その表情が嬉しそうにとろけた。最後にクリアした時の情景と変わらない。真世は「行けるっ!」と心の中で叫ぶと、続いて虹0号破壊の命令を告げようとした──その時、それまで嬉しそうに笑みを満面に浮かべていた少女が、一転、表情を悲しげに曇らせ、心苦しそうに真世を見つめた。

「……ごめんなさい……」
「……え?」
「ディレクターの気持ち、とっても嬉しいです……私もあなたのことが、大好きだから」
「ちょ、ちょっと……」
「でも私にはもう、心に決めた人がいるんです!」

 真世は戸惑った、こんな展開、ゲームにはなかった筈だったが……

「入って!」

 少女の声に促され、一人の青年が入ってきた。

「フレッシュマートの……店長?」

 驚き顔で部屋を見回しながら現れたのは、草永だった

著者:ジョージ クープマン

キャライラスト:中村嘉宏

メカイラスト:鈴木雅久

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