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【第08回】サン娘 ~Girl's Battle Bootlog セカンドシーズン
二章①
「やはり今日もいらっしゃらないようですわ」
教室から出てきた栞が残念そうにつぶやいた。
まあちも教室を覗いてみるが、楓の机は空席のままだった。
「もう三日。ズル休みなんていいご身分ね」
静流が呆れたように言った。
あの日、並木道で楓と別れてから、すでに三日が経っていた。その間、楓は一度たりとも学校に姿を現さなかった。ピーコンに電話しても、流れてくるのは留守番メッセージだけ。メールにも返信はない。
楓は完全に行方をくらましていた。
今どこにいて、いったい何をしているのか。一切分からなかった。
栞たちには、並木道で楓と会ったことは伝えてない。あの『お別れ』を口にしてしまうと、もう二度と楓と会えなくなるような気がしたからだ。
「こうなったら、三人で探すしかありませんわね。あの龍神丸の少女を……」
「あいつを倒さなければ、レイは目覚めない……そうだったわよね、まあちゃん?」
「うん……確かにそう言ってた」
黒レイが言った内容については二人にも伝えてある。SUN―DRIVEが絡む以上、栞たちにも伝えておく必要があると思ったからだ。
ただ、レイの件が無かったとしても、あの龍神丸の少女を放っておくことなどできなかっただろう。もしあの子と遭遇してしまえば、次こそただでは済まない。そんな危険な存在を放置したまま、いつも通りの日々を送ることなんてできない。
もちろん戦いを避けるだけなら、アプリを起動させなければいい。でも、それはいつまで?
もしその間にフラクチャーを見つけたらどうする? 何もせず放っておく?
そんなこと――できるわけがない。
だからこそ、一刻も早くあの子の素性を調べないといけない。生身の状態なら、自分たちと同じ年頃の少女だ。会った途端、問答無用で倒される心配もない。もしかしたら――ひどく可能性は薄いけど――話し合いで解決できることだってあるかもしれない。そのためにも、現実世界の彼女と会うしかない。
「楓さんはあの方を知っていらっしゃるようでしたけど……」
「その当の本人が音信不通の上、ズル休みとはね。まったく面倒をかけてくれるわね。机の中に濡れ雑巾でも突っ込んでおこうかしら」
「それは不可能ですわ」
「は?」
「すでに私が、コレクションのプラモデルを机の中にぎっしり詰めておきましたから。楓さんが喜んで、すぐに帰ってきてくれるように」
「…………」
栞の言葉に、静流が絶句する。
「イベント会場限定のレアものですわ。マニア垂涎のお宝。私はそのために徹夜で並びもしました。それだけの品、その道に通じる方なら手に取らずにはいられません。そう、メールに書いて送ったにもかかわらず反応なし。何故でしょう。変ですわ……」
「……そ……そうね」
静流が言葉を絞り出すようにして同意する。だが、その目は『むしろそのせいで戻ってきたくないんじゃないの……?』と言っているようだった。
「あ! いいことを思いつきましたわ! 学校の教室だけではなく、自宅にも置けば――」
「そうね。大事なのは自宅だと思うわ」
栞の言葉を遮るように、静流が被せる。
「自宅って……楓ちゃんの?」
「ええ。神月とあの巫女娘に繋がりがあるのは明白だわ。家探しすれば、なんらかの手掛かりだって見つかるかもしれない」
確かにその可能性はある。それにまあちは、楓の行方以上に、どうして楓があんなことを言ったのか気になっていた。その理由に繋がる何かが、もし見つかるなら……。
だが、一つ問題があった。
「でも、鍵がないよ……」
当然だが、楓の自宅には鍵がかかっている。合鍵なんか持ってない。以前、「作らせて?」とお願いしたら、「絶対にイヤ」と断固拒否されてしまった。
だが、静流は平然と、
「大丈夫よ。私に考えがあるわ」
パリン、と実にあっけなく窓ガラスは割れた。
割れた窓からすっと腕を入れ、さっと鍵を開ける。
「さっ。これで中に入れるわよ、まあちゃん」
こともなげに静流が言った。
「えええええええええっ!? しずちゃん!?」
その大胆不敵すぎる行動にツッコまざるを得なかった。
放課後。まあちたちを連れ、楓の自宅兼楽援部の部室へとやってきた静流。玄関のノブを捻り、鍵がかかっていることを確認すると、今度は庭の方へと足を運んだ。そして、庭に面した窓ガラスの前に立つと、無造作に落ちていた石を拾い、まったく躊躇することなく叩きつけたのだ。
「考えがあるって、これのことだったの!?」
「手っ取り早くていいでしょ? 東区に生徒は近寄らないから、警備員だって巡回する頻度は少ないわ。それに、この建物は学園の敷地内にあるからセ○ム職員が駆けつけてくる心配もない」
「いや……でも……」
無残に割れた窓ガラスを見る。
「……仕方ありませんわ、まあちさん。今は緊急事態ですもの。この処置もやむを得ないと考えましょう」
栞はグッと拳を握り、
「その代わり、私がキチンと弁償いたしますわ! ロボットアニメの王道たる勇者シリーズ! その全主役機が揃った、特注のイラスト入り刷りガラスを作ってハメておきますわ! これを見れば、どんな泥棒とて、恐れ多くて手出しはできないはず! 勇者パワーで万全のセキュリティですわ!」
一人で盛り上がる栞の姿を、静流が気の毒そうに見て、
「貴方って、家柄も器量も成績も、全てが人並以上に恵まれてるのに……残念なぐらいアレよね」
「アレってなんですか!?」
「アレはアレよ」
「なんなんですか!? すごく気になります!」
「まあちゃんにだけは伝染さないでね、その病気」
「病気!?」
ガガーンとショックを受ける栞。
静流は気にせず、楓の家に庭から上がっていく。土足で。
「ちょ、ちょっとしずちゃん」
「ガラスの破片が床に落ちてるのよ。裸足では危ないわ」
割ったのしずちゃんなんだけどね。
「まあちゃんは優しいから、あんな迷惑女の自宅でも気を使ってしまうのね。……ちょっと待ってて、いま床を掃除するから」
そう言って奥から掃除機と箒を持ち出してきて、手早く床のガラスを片付ける。
「さっ。どうぞ」
栞と二人で楓の自宅に上がる。約四日ぶりのことだった。
家主がいないせいか、どことなく雰囲気も寂しげだった。
キッチンを覗いてみたが、使った形跡はない。本当に家には帰ってないらしい。
「どこ行ったんだろう……楓ちゃん……」
心配するまあちを、栞が励ますように、
「楓さんなら大丈夫ですよ、まあちさん。ちゃんと計算して行動する方ですから、私たちに知らせないのも、彼女なりに考えてのことなんだと思います。本人は否定するかもしれませんが、優しい人ですから……」
「栞ちゃん……」
「そうね。あの女は、たった一人でも生きていけるほど、しぶとくてずる賢しこいわ。だから、心配するだけ無駄よ」
「しずちゃん……」
「私たちは私たちのやるべきことをやりましょう。あの龍神丸のサン娘の正体に繋がりそうな手掛かりを探しますわよ!」
「うん!」
元気を取り戻し、家の中を探し始める。
目的のものは、楓の交友関係が分かるもの。友達と映っている写真や、名前入りの贈り物とか。そういった物をひたすら探していく。
だが。
「ぜんっぜんない……」
写真一枚はもちろん、そういった友達関係を読み取れるような品は一つもなかった。確かに今の時代、写真はデータで保存するのが基本だが、それでも記念用の写真が一枚ぐらい印刷してあってもいいはずだ。
「ここから導かれる結論は一つ。あいつ、友達いないのね」
静流がズバリ言った。
「うっ……そ、そうとは限らないんじゃ……」
「いえ。間違いないわ。この部屋にあるのは、炭酸飲料水とカ○リーメイトとゴテゴテした電子部品と訳のわからないソフトウェアだけ。他には一切何もなし。家というより、南極の観測所と言われた方がしっくりとくる場所ね。こんな部屋に住んでるようなヤツにまともな人付き合いができるわけないわ」
「いえ! 他にもありますわ! ほら、見てください! このプラモデルを!」
栞がライジンオーのプラモデルを手に主張する。
「もう一度言うわ。こんな部屋に住んでるようなヤツがまともな人付き合いができるわけないわ」
静流は何も聞かなかったように、同じ言葉を繰り返した。
「静流さん、聞いてますか!? 見てください! ほら、これですわ! 他にも――」
「シャラップ!」
他のプラモデルを見せようとした栞を、静流が止める。痛ましいものを見る目で、
「貴方って……本当にアレね」
「だからなんですか、アレって! 指示代名詞ではなく、具体的に言ってください!」
「まあちゃんには伝染さないでね、その悪癖」
「悪癖!?」
ズズーンと落ち込む栞。
「……ということで、残る探し場所は二つ。あの女の自室か、そのPCの中よ」
静流がリビングに置かれた一台のPCを指さす。いかにも高価かつ高性能そうなパソコン。
「あれ?」
PC机の壁にかけられたホワイトボード。以前はそこにいくつかの単語が殴り書きされていたが、それらがすっかり消されていた。前は、何て書いてあったっけ?
「あの女のことだから、他人に覗かれないようパスワードかけてるわよね。それを解かない限り、中を見ることはできないわ。生年月日みたいなベタなパスワードだと助かるのだけど」
「楓ちゃんのことだから、もっと違うパスワードにしてる気がする……」
そもそも、よく考えてみれば楓の誕生日を知らない。楓はそういった話題が出ると、すぐに話を反らすのだ。その時はなんとも思ってなかったが、いま考えると、少々不自然な態度だった気もする。
「じゃあ残るは楓ちゃんの部屋かなぁ」
「……いえ。その場所なら私がすでに探しましたわ」
先ほどのショックから立ち直った栞が言った。
「楓ちゃんの部屋はどうだった?」
「探してみましたが、ヒントになるような物は何も……」
「そっか……」
「自室にもPCはありましたが、恐らくそちらもパスワードがかかってるでしょう」
結局、ヒントになるようなものを見つけることはできなかった。
残ったのは、割れた窓ガラスだけ。
もしこんな場面を楓に見られたら、激怒すること間違いなしだろう。
「何をやっているの、貴方たちは!?」
そう、ちょうどこんな風に。
――ん? あれ?
「勝手に建物内に侵入して……自分たちが何をしているのか分かっているの!?」
割れた窓ガラスの向こう、庭に誰かが立っていた。
それは誰であろう、旺城瀬里華だった。
「お、旺城先輩!?」
「……七星さん?」
瀬里華もそこで初めてまあちに気付いたらしい。瀬里華はじっとまあちたちを見て、
「どういうことか、説明してもらえるかしら?」
(つづく)
著者:金田一秋良
イラスト:射尾卓弥
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