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【第09回】サン娘 ~Girl's Battle Bootlog セカンドシーズン
二章②
「……そう。神月さんは楽援部に入っていたの……」
まあちたちから、この部屋に不法侵入するまでの経緯と諸々の事情を聞いた瀬里華は、そう口にした。
四人は楓の自宅のリビングにいた。瀬里華が一人掛けのソファに腰を掛け、その向かいのソファにまあちたちが座っている。
「いえ。正式に所属しているじゃなくて……」
「だから、楽援部の部員名簿にも名前が載っていなかったのね。……それと、さっきはごめんなさいね。突然、どなったりして」
ひどく申し訳なさそうな顔で、瀬里華が深々と頭を下げた。
「そんな! 頭を上げてください! あのような場面を見ては、そう勘違いしてしまうのも無理ありませんわ!」
「そ、そうですよ!」
「……ありがとう。優しいのね、七星さん、九胤院さん」
まあちたちの名を口にし、微笑む。先日見た時と同様の、花のような微笑。綺麗すぎて見ているだけでなんだか照れてしまう。
静流が話を切り替えるように軽く咳ばらいをしてから、
「それで、今度はこちらから質問してもいいですか?」
「何かしら?」
「どうして旺城先輩はこんな場所に来たんですか? 東区にあるのは水道や電気関係のインフラ施設だけ。特別な用事でも無い限り、まず普通の生徒が来るような場所ではありませんけど」
「生徒会として見回りに来た、ではダメかしら?」
「本気で言ってるんですか?」
「……いえ。ごめんなさい。東区に来たのは、この家を訪ねるためよ」
「楓ちゃんの家をですか?」
「ええ。そうよ」
副生徒会長が楓に何の用があるんだろう。楓が何か違反をして、それの注意に来たとか?
瀬里華はまあちたちの困惑した顔に気付き、
「ああ……。どうやらまだ知らなかったみたいね。神月さんと私はね、もともと同級生なの。ここへ来たのは副生徒会長としてではなく、一友人としてよ」
「え?」
旺城先輩と楓ちゃんが同級生? それって――。
「もしかしてあの女、ダブってるんですか?」
静流が容赦なく聞いた。
瀬里華は苦笑しつつも、
「……ええ。そうよ。彼女は高等部の一年生を二回経験しているわ」
そう肯定した。
どうやら楓が留年したことは間違いないらしい。
「理由は……留年した理由はなんですか?」
「それは、私の口から言うべきことではないでしょう。彼女が貴方たちに話していないのなら、なおさらよ」
瀬里華の言葉はもっともだ。
でも、気になる。確かに楓は品行方正な生徒とは言えないだろう。この家に住んでる経緯だって限りなく違反スレスレのグレーに近い方法だった。だが、その分リスクについては誰よりも承知していたはずだ。その楓が、留年するほどのことをやるなんて……。
「まあちゃん。今はあのダブり女を気にしている場合じゃないわ」
早速、静流が新しいあだ名で楓を呼んでいた。しずちゃんって、楓ちゃんには容赦ないな……。
そんなまあちに構うことなく、静流は瀬里華を見て、
「友人……と言いいましたね。今」
「ええ」
「では、あの女の交友関係についてもある程度ご存知なんですか?」
「全て、ではないけど。ある程度なら」
静流が何を聞こうとしているのかが、まあちにも分かった。
あの龍神丸の少女について尋ねようとしているのだ。
「楓が『チビみ』と呼ぶ人間に心当たりはありますか?」
「ええ。知ってるわ」
瀬里華が言った。
どうやら知っていたようだ。続けて栞がやや身を乗り出し気味に、
「その方のお名前は?」
「渡良瀬一二三よ」
「「え?」」
栞と静流が同時に驚きの声を発した。
「二人とも知ってる人なの?」
「えっと、その方は……」
「七星さん。渡良瀬一二三は、この学園の生徒会長よ」
「え、ええええええっ!? 生徒会長!?」
予想外すぎる答えに、まあちは思わず叫んでしまった。
巫女姿の小柄な少女を思い出す。天真爛漫な笑顔と、突飛もない言動。どう見ても中学生……いや小学生と言っても通じるような少女だった。あの人がまさか生徒会長だったなんて……。
まあちの大きすぎるリアクションに、瀬里華が怪訝な顔をし、
「もしかして、どこかで面識あったかしら?」
「あ、いえ……その……」
「お気になさらず。神月にそんな『立派』な知り合いがいたなんて思わなくて、それで驚いているだけです」
「そ、そうですわ。私も楓さんにそんな交友関係があったなんて思いもしなくて……」
「う、うん。そうそう」
静流たちのフォローに感謝しつつ、カクカクと頷く。
そんなまあちたちの様子に、瀬里華がフッと微笑み、
「神月さんとは親密な仲を築いているようね。言葉に遠慮がないのは親しさの裏返しだわ」
「私が? 冗談はやめてください」
静流が真顔で言った。
「照れなくていいのに。……それで、どうして急に渡良瀬生徒会長のことを尋ねてきたの? ……もしかして神月さんの欠席とも関係あることかしら」
その言葉にドキッとする。
「もともと私がこの家を訪ねて来たのは、彼女の様子を見るためよ」
「楓さんのお見舞いに来たんですか? それだけ親しい仲だったんでしょうか?」
栞がやや怪訝そうな顔を浮かべる。
まあちも同じ気持ちだった。春から楓と付き合い始めたこの三か月間。一度も楓から瀬里華の名前が出たこともなく、二人が一緒にいる場面も見たことはない。
「学年が別れたことで、彼女とは距離が出来てしまったの。それでも私は彼女のことをかけがえのない友人だと思っているわ。彼女自身がどう思っているかは分からないけど……」
目を伏せ、不安げに口にする。その態度に、質問をした栞自身が戸惑っている。
「あ、えっと……その……」
「……旺城先輩がこの家を訪ねた理由はわかりました。ですが、生憎家主はおりません。そして、私たちも彼女がどこにいるか見当もつかない状態です」
「そう……。では仕方ないわね。彼女と会えないのは残念だけど、神月さんは自分で考えて行動できる人よ。きっと彼女なりの事情があるのでしょう」
そう口では言いつつも、瀬里華は残念そうだった。仲の良い友達というのは、やはり本当なのかもしれない。
瀬里華が帰ろうとした雰囲気を出した時、静流が言った。
「神月の件とは別に、一つお願いしたいことがあるのですが……聞いていただけますか?」
「何かしら? 私で出来ることなら協力してあげたいけど」
「渡良瀬生徒会長とお会いしたいんです」
「渡良瀬会長と? どうしてかしら」
「えっと、その……まあちさん……じゃなくて、七星さんはですね、会長のお話を人から聞いて、ぜひご本人に会ってみたいと前々から申していまして……」
「え? あっ! そ、そうなんです! とってもすごい人らしいんですが、一度も見かけたことが無くて……だから、ぜ、ぜひ会ってみたいんです!」
しどろもどろになりながら、適当な理由をでっちあげる。実は生徒会長がサン娘で、友達を助けるために戦わなければいけない……なんて言えるはずもない。
どう見ても怪しすぎる態度だったが、瀬里華は少しも疑う素振りを見せず、
「そうね。渡良瀬会長は、春から病でほとんど登校されていないわ。会おうとしても機会そのものがなかったのね。……ええ。分かったわ。私から彼女に話をしてみる」
「え!? いいんですか!?」
「でも、学校を休まれているのでは……」
「最近は体調も良くなってきて、週に一、二回は登校してきているわ。ちょうど明日、出席するつもりだと言っていたから、話を通しておくわね」
任せて、と頼もしく頷く。その姿に頭を下げる。
「ありがとうございます!」
「いいのよ。貴方たちのお役に立てて嬉しいわ」
そう言って、またあの花のような微笑を浮かべた。
(つづく)
著者:金田一秋良
イラスト:射尾卓弥
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