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【第10回】サン娘 ~Girl's Battle Bootlog セカンドシーズン
二章③
「すっかり遅くなっちゃったねぇ」
楓の自宅からの帰宅途中、まあちが言った。
すでに日は落ち、辺りは薄暗かった。
思った以上に瀬里華との会話は盛り上がった。春に転校してきたまあちを気遣い、瀬里華の方から聖陽学園のことを色々と教えてくれたのだ。文化祭や修学旅行、冬山で行われる合宿 などなど、たくさんだ。
話している内に瀬里華に対する緊張感も消えた。最後の方はなんだか親戚のお姉さんと話しているような気分にすらなったほどだ。
あの圧倒的な包容力。ファンクラブが出来るのも頷ける。
「ですが、まさか楓さんと旺城先輩がご学友だったとは……」
「どうかしらね。ぼっちの神月を見かねて、善意から付き合ってあげただけじゃない?」
「楓さんが『ボッチキャラ』というのは、もう決定なんですね……」
静流の容赦ない言葉に栞が苦笑する。
「ひと言ぐらい……言ってほしかったな」
ポツリとまあちが呟いた。
楓が瀬里華の友人だと知った時は、確かに驚いた。でも思ったのはそれだけじゃない。
水臭いな、と思った。
(お友達がいるなら、私たちに話してくれても良かったのに……)
留年してたことだって、そうだ。
知ったところで態度を変えたりはしなかったのに。
思えば、自分は楓のことについて何も知らない。誕生日はいつなのか。どんなものが好きなのか。将来はどんなことをやりたいのか……。
そんな当たり前の会話を楓とはしてこなかった。わずか三か月とはいえ、ずっと一緒にいたのに。
あるいは、楓自身が意図してそういった話題を避けていたのかもしれない。確かに楓はあまり自分のことを語りたがらなかった。
『あんたたちと一緒にいても、あいつには勝てない』
そう言って並木道を去っていた楓。
その後ろ姿が頭から離れない。
(楓ちゃん……)
いま、どこで何をしてるの?
胸の奥からたまらない寂しさと切なさが込み上げ、まあちは胸に当てた手をぎゅっと握った。
「大丈夫、まあちゃん? 顔色が優れないようだけど……」
「……ううん。平気」
「ところでまあちさん、良ければ今夜私の家に泊まりませんか?」
「うん。いいよ」
反射的に口にしてから、「ん?」となった。
……今なんて言ったの?
「ああっ! ありがとうございます! この九鳳胤栞! 心を込めてまあちさんを歓迎いたしますわ!」
いたく感激した様子で、栞が激しく意気込み始める。ムフンと鼻を鳴らしてさえいた。
だが、すかさず横から静流が「ちょっと待ちなさい」と口を挟んだ。
あまりにも唐突な提案にまあちと同じく疑問を抱いたのだろう。
静流は至極真面目な顔をして、
「その『お泊まり会 』……もちろん私も行っていいのよね?」
「はい。歓迎いたしますわ」
「ならいいわ」
あっさりと呑み込んだ。「まあちゃんとのお泊まり会……イエスッ」とつぶやき、小さくガッツポーズまで取っている。
「ちょ、ちょっと待ってよ、二人とも! 急にお泊まり会なんてどうしたの!? 明日も普通に学校あるんだよ!?」
「え……もしかして嫌でしたか?」
まるでこの世の終わりのような顔をしてショックを受ける栞。そのあまりに悲愴な様子に、まあちの方が戸惑ってしまう。
「い、いや……別に嫌じゃないけど……」
「なら良かったですわ♪」
一転して、世界が誕生したような顔をして喜ぶ栞。
だが、疑問自体は解消しない。まあちは再度『理由』を尋ねた。
「理由……ですか。言葉にするとしたら『決起会』でしょうか」
「決起会?」
「まあちゃん。私たちが明日、誰と会うのか覚えてる?」
明日、私たちが会う人物。それは、渡良瀬一二三生徒会長しかいない。彼女がサン娘かどうか――あの龍神丸のSUN-DRIVERかどうか確かめに行くのだ。
そこまで考えた時、ようやくまあちは栞たちの意図に気付いた。
「あ……」
「もし彼女が私たちの探しているサン娘だった場合、彼女と戦闘になることも考えられるわ。もちろん可能な限りそういった事態は避けるつもりだけど……何が起こるかは分からない。仮に戦闘になったとしたら、四人でも敵わなかった相手に、今度は三人で挑まなければならなくなる。そして、もし負けてしまったら……」
静流の言わんとすることは、まあちにも分かる。
あのnフィールドの校舎棟。その屋上で龍神丸の少女に敗れ、光となって吸収されていった弓道着の少女。
あの子が現実世界でどうなったかは分からない。けれど、無事で済んだとも思えない。ダメージを受けた栞たちですら、気を失ってしばらく動けなくなったのだ。
nフィールドで体が消滅した場合、いったいどこまでの影響が本人に及ぶのか。
もしかしたら……今欠席してる人たちは全員……。
どこまでも悪い想像が浮かんでくる。
そんな暗い雰囲気を吹き飛ばすように、栞がひときわ明るい声で、
「だからこその『決起会』なのですわ♪ ひとつ屋根の下で寝食を共にし、心を一つにする。そうすれば怖いものなんてありませんわ」
「……うん。そうかもね」
まあちは笑った。栞の心遣いが嬉しかった。
栞はまあちと静流の手を取り、
「それに……もし互いの身に何かあっても、その思い出がきっともう一度、私たちを繋いでくれますわ」
栞の手には思った以上の力が込められていた。
その胸の内の不安を押し隠すように。
……そうだ。栞ちゃんだって怖くないわけがない。
それでもやらなきゃいけないんだ。
もしここで逃げて、他の誰かを見捨てるような真似をしたら、これまで自分たちがサン娘としてやってきたことが台無しになっちゃう。
勇気を出して、独りぼっちから踏み出そうとした一歩が。
痛みを乗り越え、離れてしまった友達へと差し伸べた手が。
それらの想いが全てウソになってしまう気がした。
だからこそ、逃げるわけにはいかない。
立ち向かうしかないんだ。
「……よーし! 今日は思いっきり騒ごうか! お菓子だっていっぱい食べちゃうし、夜更かしだってしちゃうんだから!」
「ええ。もちろんですわ!」
「神月が後から聞いて悔しがるほど、楽しい一夜にしましょうか」
これから始まるお泊まり会に期待を寄せ、笑顔を浮かべながら栞のマンションへと向かう。
と、栞がパンと手を叩き、
「そうですわ! この機会に静流さんにぜひお見せしたいものがありますの!」
瞳をキラキラとさせる栞。
静流は眉間にわずかに皺を寄せると、
「……あまり聞きたくはないのだけれど、それは何かしら」
「『装甲騎兵ボトムズ』ですわ! 静流さんはスコープドッグのSUN-DRIVEをお持ちですから、一度見ておいた方がいいと思いますの。テレビシリーズに全OVA作品を含めた、コンプリートボックスをご用意致しますわ! さらにターレットスコープ付きのサングラスもございますので、そちらをかけながら苦いコーヒーを飲めば、気分はまさにアストラギウス銀河ですわ!」
極上の天使の笑みを浮かべて、栞は言った。
だが、静流は軽いため息をつくと、哀れなものを見るような目で、
「貴方って……本当にアレね」
「ま、またそれですの!? アレアレ言うのはやめてくだいまし!」
「じゃあ、モレ」
「モレ!?」
「あるいは、ネレ」
「意味が分かりませんわ!」
「なら、イネ」
「帰れってことですか!? これから私の家に行きますのに!」
涙目になりながら静流の言葉に翻弄される栞。
妙にハマった二人の掛け合いに、思わずまあちは笑ってしまった。
(……うん。私たちは大丈夫)
どんなことがあっても自分たちなら乗り越えられる。そんな無根拠な自信が湧いてくるのを感じた。
夜空を見上げる。
満天の星が瞬いていた。
星の光を眺めながら、今はそばにいない、もうひとりの友達のことを想う。
(楓ちゃん、困った時は、ひとりで抱え込もうとしないで、いつでも私たちを頼って。だって楓ちゃんは、私のかけがえのない友達だから……)
まあちの想いに応えるように、ひときわ強く星が瞬いた。
翌日。約束の一六時に、まあちは生徒会室の扉をノックした。
「……はい」
室内から声が聞こえ、ガチャリと扉が開く。
瀬里華が笑顔で出迎え、
「よく来てくれたわね。さっ、中へ入って」
瀬里華に促され、まあちは生徒会室へと足を踏み入れた。
室内は思ったよりも地味 な装いだった。四方の壁は書類棚で埋め尽くされ、飾り気のない事務机が並べられている。他には応接用のソファがあるだけで、生徒会室というよりどこかの事務所かオフィスといった感じだった。棚の上に飾られた胡蝶蘭の白い花だけが、唯一室内に華やかさを添えている。
これだけ大きな学園の生徒会室なのだから、もっと派手なのかと思っていた。
「ガッカリしたかしら。華やかなりし生徒会……そんなイメージとは違った、面白味のない室内で」
「あっ。い、いえ、そんなことないです」
内心をズバリと言い当てられ、焦ってしまう。
「ふふふ。正直なのね、七星さんは。もう少し人がいれば多少は賑やかになるのだけれど……それぞれ用事で席を外しているわ」
生徒会室には瀬里華とまあちしかいなかった。
瀬里華に「どうぞ座って」と促され 、応接用のソファにチョコンと腰掛ける。
まあちは緊張した面持ちで瀬里華を見て、この部屋へ入る前からずっと気に掛かっていたことを尋ねた。
「あの……どうして私だけ呼び出したんですか?」
そう。ここにいるのはまあちひとりだった。
昨夜、ピーコンに瀬里華から届いたメールには『一六時三〇分に生徒会室に来て欲しい』と書かれていた。まあちはそのメールを栞の家で受け取り、栞や静流も同じ内容のメールを受け取っていた。
だが、今日の昼休みになって、突然『貴方だけ三〇分早く来てもらうことはできるかしら?』といったメールが送られてきた。
どうして私だけ……?
困惑したが、瀬里華なりに何か考えがあるのかと思い、悩んだ挙句、栞たちには告げないことにした。
放課後、一足先に教室を出るまあちを栞が呼び止め、
「どこへ行かれるんですか? 生徒会室に行かれるなら一緒に……」
「えっと……今日、新発売のあんパンが購買から売り出されるみたいで、ちょっと急いで買って来ようかと思って」
「ああ……それなら仕方ありませんわね」
生徒会室で落ち合うことを告げ、教室を出た。だが、胸はチクチクと痛む。やっぱり友達に嘘をつくのは気分が良くない。
「ごめんなさいね。色々と気を遣わせたでしょう……。でも、どうしても貴方と二人きりで話したいことがあったの」
まあちの罪悪感を汲んだように、瀬里華が申し訳なさそうに謝罪してきた。
まあちは慌てて両手を振って、
「いえいえ! 大丈夫です! ……えっと、それでお話というのは……」
「構えなくても大丈夫よ。別に今から愛の告白をしようというわけではないから。呼び出したのは……神月さんのことについてよ」
「楓ちゃんのことですか?」
「ええ。貴方は楽援部の部長を務めてるわよね。神月さんが正式な部員ではないにしろ、貴方たちの部活に協力しているのは事実でしょ? なら、やはり伝えておいた方がいいと思うの。……貴方たちの身の安全のためにも」
『身の安全』。
突然の剣呑な単語に戸惑うが、瀬里華から冗談を言っている雰囲気は感じられない。
「今、学校で欠席者が増えているのは知っているかしら?」
「それは……はい」
まばらに空いた教室の机。欠席者は昨日よりも増えていた。
「昨年の秋ごろにも、今と同じように生徒たちが突然休み始めたことがあったの。これは一般の生徒には伏せられている事なのだけど……その事態を引き起こしたのは、神月さんなのよ」
「え!?」
その名前にぎょっとする。
(つづく)
著者:金田一秋良
イラスト:射尾卓弥
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