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2018.08.21

【第11回】サン娘 ~Girl's Battle Bootlog セカンドシーズン

二章④

 驚くまあちに、瀬里華は事情を説明し始めた。

「この私立聖陽女子学園には、他の学園にはない特色が多くあるわ。途方もなく広大な敷地に、膨大な数の専門施設。でも、それはあくまで表面的な学園の特徴よ。聖陽学園の真価は、ここにしか存在しない教育管理コンピューター・ERINUSSエリヌスにこそあるの」

 ERINUSS。以前楓たちにも説明されたことがある。楓たちはあれを学園を管理・運用するマザーコンピューターだと言っていた。

「ERINUSS。正式名称は、『Equitability-Reinforced INstructional Unified SyStem(最も公正な教育統合システム)』。一万人弱の生徒たちの学習データを収集し、個人の資質を分析し、適性に合った学習法や指導法を指示してくれるの。同時にこの学園全ての施設を管理し、生徒たちの生活に支障が出ないよう運営しているわ。飲食店や商業施設も同様よ。おかげで運営に必要な専門スタッフの数を最低限まで減らせるし、ERINUSSのサポートがあるからこそ学生たちがお店の経営を出来るの。貴方も西区――商業区で見たのではないかしら?」

 確かに。専修科の学科や部活に所属する生徒たちが、自分たちで作った服や小物を売ったり、喫茶店などを営業したりしていた。あれらはERINUSSのサポートがあればこそのものだったのか。

「すごいですね、エリヌスって……。でも、それと楓ちゃんに何の関係があるんですか?」

 瀬里華は一度深く息をつき、そして重い口を開くように、

「まず、ERINUSSには一つ想定外のことがあったの。この事を知っているのは理事長を含めた、ほんの一握りの人間のみよ。ERINUSSはね、生徒たちの学習データだけではなく、その身体情報や行動履歴、生活情報など、ありとあらゆる生徒たちの情報をPDを通じて収集しているの」
「生活情報も、って……」
「例えば、貴方が朝何を食べて、放課後どんなお店に寄って、就寝前に何をしていたか……そんなことも全てよ」
「え!? そ、そんなことしていいんですか!?」
「もちろん違法よ。事前に承諾を得ているわけでもないし、仮に承諾を取ろうとしても無理な話よね。自分がいつどこで何をしているのか、どんな体調で、どんなメンタルなのか。そういった個人情報が全て筒抜けになるんだもの」
「……」
「もともとERINUSSは学園の運営のために開発されたプログラムではないわ。創映財団というところが、とある都市計画のために開発したものなの」

 その話はまあちも知っていた。聖陽学園に転校する前、学園の情報をネットで検索していた時、どこかの記事に書いてあった。

「その計画というのが『完全管理型都市』というもの。住民のあらゆるデータを収集し、最適な生活環境を構築するための管理プログラム――それがERINUSSよ。リアルタイムで体調を把握し、本人の気づかない異変を事前に察知して通告する。もちろんプライバシーに対する配慮も十分に整えられていたはずよ。あくまで『住みやすい都市』を目指したものなのだから」
「そうだったんですか……」
「ただ、聖陽学園に転用される際には、そういった諸々の機能の全てを削除されたの。求められたのは施設の運営能力と、生徒たちの学習データの管理が主だったから」
「でも……それが動いてるわけですよね?」
「ええ。そうね……。一旦デリートしたはずのプログラムが何らかの方法で起動してしまったのね。そして、無差別にあらゆる情報を収集している。それに気づいた学園の経営陣は、もちろん慌てたわ。事が公になれば学園の存亡に関わる問題だもの。だから、秘密裏にこのERINUSSを開発した創映財団の技術研究所に改善を打診したの。けれど……ERINUSSの基礎設計をした開発者は既に亡くなっていて、あちらもお手上げ状態だったらしいわ。その研究主任の方がほとんど一人で設計したものらしく、誰も中身には触れられなかったの」
「つまりそれって……どうにもできないってことじゃないですか! それでいいんですか!?」
「結論から言えば、学園側はこの問題を放置することに決めたの。ERINUSSは聖陽学園の心臓よ。停止することなんてできない。それにERINUSSはただ収集しているだけなの。それを使って何かを行うようなことも無い。なら、収集したデータが外部に漏れないよう徹底管理さえすればひとまず問題ないだろう……という話になったようね。もちろんERINUSSの解析自体は進めているみたいだけど。国内だと情報が漏れる可能性があるから、海外のシステム会社に依頼してね。ただまぁ……芳しい成果は上がっていないみたい」
「じゃあ、今も……」

 ピーコンを取り出す。壁紙は変わらずあんパン柄。学園から配布された専用端末で、貰った時はラッキーと喜びさえした。
 でも、今は何か得体の知れない物のように見える。

「その事を知ってから、PDを持ち歩くことに抵抗ができてしまってね。基本的には身の回りには置かないようにしているの。PDが人体の情報を収集する範囲は十数m程度よ。だから、学園のロッカーにでも入れておけば問題ないわ。持ち運びする際は単純に電源を切ればいいもの」

 そうか。そうすればいいのか。案外、対処は楽なのかもしれない。

「……あれ? でもそういう場合、どうやって連絡取るんですか?」
「一般に市販されているPDを使っているわ。学園側に申請すれば、よほどのことがない限り許可は取れるわ」

 瀬里華がピーコンを取り出す。まあちたちが持っているピーコンとは、確かに機種が違っていた。

「そもそも……旺城先輩はどうしてそのことを知ったんですか? 理事長とかしか知らないことだったんですよね?」

 瀬里華はわずかに目を伏せ、

「……神月さんから聞いたわ。彼女はね、ERINUSSにハッキングを仕掛けたの」
「楓ちゃんがハッキング!?」
「彼女が電子関係に秀でた能力を持っているのは知っているでしょ? その技術を使って、ERINUSSのシステムを解析し、内部データにアクセスしようとしたのよ」
「ど、どうしてそんなことを……」
「当時の都市計画の構想の中に、人々から収集したデータをもとに効率的な学習を促す『学習プログラム』の計画があったらしいの。対象となる人物の動作・感覚・思考によって生じる脳内の反応を調べ、別の被験者の脳に同様の刺激を人工的に与える。そうすることで、他者の経験を『追体験』することができるわ。優れた経験を得ることで、通常よりも圧倒的に速いスピードで知識や技術の習得が可能となる」
「そんなこと本当に可能なんですか……?」
「理論上はね。ただ人体にどんな影響が出るか分からないから、議論の末、結局開発は中止されたみたい。ただ、技術自体は実験寸前の段階まで進んだらしいわ。なら、そのデータがERINUSS内に残っていてもおかしくない。そして、ERINUSSは生徒たち全てのデータを集めているわ。この学園には、スポーツ、芸術などの様々な専門的な学科が存在する。それはつまり、あらゆる分野で秀でた生徒たちの生体情報があるということ。なら、その情報を使えば、理屈としてはあらゆる能力を手に入れることができるわ。そして……神月さんはその機能を欲した」
「!」
「どんな『才能』も簡単に手に入る。まさに夢のような機能よね。もちろん、すぐにその分野のトップに躍り出るのは難しいかもしれない。けれど、二流で燻ってる者が一流に上がるためにはこれ以上ないと言っていいぐらい魅力的なツールじゃないかしら。事実、彼女はその機能を欲し、ERINUSSにハッキングを仕掛けた。……でも、結果的にその試みは失敗したわ。ハッキングが原因でERINUSSが暴走したの。ERINUSS側からPDを通じて生徒たちに干渉が入り、それで体調を崩す人が続出したの」
「それが、さっき言ってた秋ごろの話ですか……?」
「ええ。『学習プログラム』が無差別に生徒たちに使われた結果よ。もっとも、暴走は一時的なものですぐに収まったわ。だから、生徒たちの体調も急速に回復して、『単なる体調不良』程度で事が済んだの。もちろん、学園側がそう働き掛けたのだけど」
「じゃあ、楓ちゃんが留年したのって……」
「その件に関する処罰のためよ。本来なら退学でもおかしくない程の事件だけど……神月さんを処罰することは、ERINUSSの真実を晒すことと同義。だから、あくまで表面的には神月さんが校舎の施設を故意に操作したため、ということで休学処分にしたの。そして、結果的に留年した」

 まあちは、しばらく黙ったままだった。
 瀬里華の言葉をそのまま信じるのならば、楓はなんらかの才能を欲してERINUSSにハッキングし、その結果、周囲の人々に害を及ぼしたことになる。
 確かに楓は規則やルールに縛られるような性格ではない。巧みに裏道を見つけ、自分のしたいことをやる人だ。実際に現在の住居もERINUSSを弄って手に入れたと話していた。
 でも同時に、人に迷惑をかけてまで我を押し通すような人でもない。本人は認めたがらないが、人のことを気遣える優しさを持った、気立ての良い性格だ。
 その楓が、そんなことをするなんて到底信じられなかった。
 邪道な手段を使うからこそ、人一倍リスク管理には敏感だった。その楓が、周囲に影響が及ぶ危険を冒してまでERINUSSにハッキングした意図が分からない。

『そいつに勝つためなら、なんだってしてやるわ』

 思い出すのは、並木道での別れ。
 あの時の楓の危うげな様子。どんな犠牲を払ってでもやり遂げると、その顔が言っていた。
 だから――なのか。
 そのために――やったのか。
 答えの出ない疑問が、まあちの中をぐるぐると回り続ける。

「もし、神月さんがもう一度同じことをしようとしているなら見逃すことはできないわ。絶対に止めないといけない。そのために昨日は彼女の家を直接訪ねたの」

 あれは、そういった意味での訪問だったのか。
 瀬里華は神妙な顔をし、

「七星さん、もし神月さんに会ったら彼女を止めてあげて」
「私が、ですか?」
「ええ。楽援部の部長として。何より私と同じく学園の平和を祈る者として」
「……」

 私が楓ちゃんを止める? そんなことできるだろうか。
 もちろん楓ちゃんが悪いことをするつもりなら止めたい。それが友達だと思うから。
 でも、話しても思い直してくれなかったら?
 それでもやると言われてしまったら。
 私は……いったい、どうすればいいんだろう。

「……そろそろ時間のようね」

 瀬里華が壁に掛かった時計を見る。時刻は一六時二五分。
 その時、生徒会室の扉がノックされた。
 瀬里華が立ち上がり、客人を迎え入れる。案の定、栞と静流だった。まあちの姿を見つけ、

「まあちさん、もう入っていらっしゃったんですね」

 まあちへと近寄り、小声で「新発売のあんパンは買えました?」と尋ねてきた。

「え、あ、うん」

 まあちは笑って答えたが、ぎこちない表情になっているのは自分でも分かった。
 栞は一瞬怪訝けげんな表情を浮かべたが、何も言わなかった。
 静流の方を見ると、どことなく顔色が悪かった。
 まるで何かをこらえるように眉間に皺を寄せ、俯きがちに立っている。

「どこか具合悪いの、しずちゃん……?」

 心配で声を掛ける。

「……いえ。大丈夫よ。少しめまいがしただけ」

 そう言った静流の顔は、もう普段のものに戻っていた。
 静流は周囲を見渡し、

「渡良瀬会長はどちらに? これからいらっしゃるのですか?」
「ここで彼女と会うわけではないわ。これから私が彼女の下へ案内するわね」
「生徒会室で話すのではなかったんですか?」
「彼女からのリクエストなの。昨日、突然『ここに連れてきて欲しい』と連絡を受けて……。気分屋なところもある方なので、こういったことも珍しくはないのだけれど」
「確かに渡良瀬会長らしいですね」

 栞が納得したように頷く。
 瀬里華がまあちたち三人を見回し、

「それでは行きましょうか 」

 

「ここよ」

 瀬里華が、とある建物の前で立ち止まった。本校舎を出て、中央広場を抜けたすぐ先の林の中だった。
 そこだけぽっかりと空間が開き、建物が建っている。だが、建物といっても大きめの物置ぐらいのサイズだ。
 栞がいぶかしげに見つめ、

「この中で渡良瀬会長とお会いするんですか? 五人入ったらぎゅうぎゅうになりそうですが……」
「安心して。これは単なる入口よ」

 瀬里華が鉄製の扉に鍵を差し込み、開く。すると地下へと続く階段が現れた。
 静流が階段を見下ろし、

「この下に渡良瀬会長がいるんですか?」
「ええ。彼女からのメールには、そう書いてあったわ。大丈夫。危険な場所ではないから」

 瀬里華が階段を下りていくのに続いて、まあちたちも下りていく。
 階段は思った以上に長かった。体感的には建物の四階分ほど降りた気がする。
 やがて階段の一番下に辿り着き、短い通路を抜けると、ひときわ広い空間に出た。
 体育館ほどの広さがある部屋で、壁も天井も真っ白だった。
 天井から煌々と電灯が灯っており、室内は思った以上に明るい。
 何より特徴的なのは、その中心にあるモノだった。一〇メートルほどの灰色がかった円筒形の構造物が、塔のように聳え立っている。
 その周囲には、電子機器がみっちり詰まった二メートルほどのシステムラックが数え切れないほど設置されており、中心の塔に向かって規則正しく並べられていた。

「何、ここ……」
「ERINUSSのメインルームよ。そして、あれがERINUSSの本体ね」

 灰色がかった塔を見上げながら、瀬里華が言った。
 あれが、学園全部を管理するセントラルコンピューターらしい。
 栞が無人の室内を見回し、

「会長はまだいらっしゃらないようですわ」
「遅れているのかしら。……あるいは、そもそも来ないとか」

 静流が瀬里華を一瞥するが、瀬里華もまた眉をひそめ、

「おかしいわね。破天荒な言動が目立つ方だったけど、時間だけは正確だったのに……」

 その時だった。
 まあちの制服のポケットから突然、光が放たれた。

「な、なに!?」

 光の発信源は、ピーコンだった。
 急いで取り出してみると、『S』のマークをしたSUN-DRIVEのアプリが光っていた。

(SUN-DRIVEが反応してる!? どうして!?)

 栞と静流を見ると、二人のピーコンも同じ様子だった。
 瀬里華のピーコンには何も起こっておらず、戸惑った様子で、

「どうしたの、貴方 たち? なぜピーコンが光って……」
「いえ、これはその……」

 どう答えていいか分からず、ピーコンに目を戻した時、驚くべきことが起こった。
 SUN―DRIVEのアプリが自動的に起動し始めたのだ。
 同時に襲ってくる、天地が入れ替わるような酩酊感。視界が歪み、意識が遠のいていく。

(これはn-フィールドに入る時の……!)

 ぐにゃりと歪んだ視界が再びハッキリとした時、目の前の光景が様変わりしていた。
 ERINUSSの灰色の塔は変わらず存在している。だが、それ以外は何かもが違う。
 メインルームの天井と壁が消失し、代わりに頭上には青空が、周囲には果ての無い草原が広がっていた。

「な、何、ここ……?」
「nフィールドの中なのは間違いなさそうね」

 静流が自分の姿を確認する。
 制服が消え、アンダースーツに変わっていた。まあちも栞も同様である。
 どうやらnフィールドに入ったのは確からしい。
 いや――正確には、入ったのではなく、入れられたのだ。
 強制的にこの空間へと。
 念のため瀬里華の姿を探してみたが、やはり彼女はいなかった。
 ここにいるのは、まあちたち三人だけだ。
 ――そう思っていたところへ、

「……やあやあ。よく来てくれたね!」

 ひときわ明るい声をあげながら、ひとりの少女が近づいてきた。

「キミたちにまた会えて、あちしもうれしいよ♪」

 小柄な身長に、巫女服姿。
 間違いなく、あの龍神丸のサン娘である。

「「!」」

 突然の出現に驚愕するまあちたちをよそに、巫女少女は親しげに片手を上げ、

「やっほー。あちしは渡良瀬一二三! 聖陽学園の生徒会長にして、最強のSUN-DRIVER! キミたちのこと、歓迎するよん♪」

 そう自己紹介しながら、無邪気に笑った

(つづく)

著者:金田一秋良

イラスト:射尾卓弥

©サンライズ

©創通・サンライズ

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