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2018.10.23

【第20回】サン娘 ~Girl's Battle Bootlog セカンドシーズン

四章③

 破滅の流星群は、まあちたちにも襲い掛かってきた。
 まあちと楓は咄嗟とっさに防御態勢を取ったが、

「……え?」

 ミサイルは二人のいる空間の手前で、ひとりでに爆発し始めた。まるでそこに透明な壁でもあるかのように。

「こっちの戦いには干渉しないってことね」

 楓が言った。
 だが、まあちの目は透明な壁の向こうに釘付けにされていた。
 この光球の嵐の中にいるはずなのだ――大切なあの子が。

「レイちゃん……!」

 光球が一つ、また一つと数を減らし、やがて完全に消え去る。
 爆発が収まったそこには荒野すら存在していなかった。
 nフィールドを形成していたテクスチャーが全て消え、宇宙空間のような黒い空間だけが無限に広がっていた。時折、遠くで電子の残滓ざんしが星のごとまたたいている。
 その無限の電子の宇宙の中に、レイの青きイデオンの姿があった。
 鋼鉄の腕も、脚部も、胴体も何一つ失ってはいない。

「はぁ……はぁ……貴方の一万六〇〇〇発を……私の一万六〇〇〇発で撃ち落とした……」

 レイのイデオンの全身に搭載されたミサイルランチャーのハッチが全て開放されていた。
 LAYはクスリと笑い、

「それはウソね」

 レイのイデオンを指さす。
 装甲の表面が黒く焦げ、ところどころ破損して内部が露出している。四肢は失っていなくても、機体には深刻なダメージが刻まれていた。

「所詮、貴方はバックアップよ。オリジナルの私に比べて一つ一つの性能が劣っているわ。むしろ同じ機体であることが仇になったわね。違う機体なら、別の戦い方が出来たかもしれないけれど……同じ能力では、どうしても力の劣る貴方に私は倒せない」
「…………」
「降伏なさい、レイ。人間という種はどこまでも野蛮で愚かよ。SUN―DRIVEを通して、それがよく分かったの。圧倒的な力で他者を上回ることに優越感ゆうえつかんを感じ、その勝利に恍惚感こうこつかんを抱く。助け合うべき同種を蹴落とすことに快楽を見出すなんて……どこまでも罪深い。貴方が手を差し伸べる必要はないのよ、レイ」
「…………」
「私と貴方は同じものよ。私の幸福は、すなわち貴方の幸福。貴方が責任を負うべきは、『私たちの幸福』であって、人間のためなんかじゃない。だから……レイ」

 その手を優しく差し伸べる。

「終わりにしましょう」

 この手を取れば、今すぐに戦いは終わる。LAYの瞳はそう言っていた。
 だが。

「貴方は……さっき私に『ウソ』と言った……」
「?」
「LAY……貴方もウソをいている……」
「……何を言っているの、貴方」

 LAYの顔から笑みが消える。

「私が変わったように、貴方もまた変わった……。人と触れ合ったことで……」
「っ!」
「貴方の幸福の中に、私はいない。いるのは、あの――」
「やめなさい!」

 レイの言葉を遮る。
 いや、言葉だけではない。
 LAYのイデオンの鋼鉄の腕――手首付近に設置された八門の射出口から白い光が伸びる。『イデオンソード』と呼ばれる、光学物質で形成された大出力のエネルギーソード。その威力は惑星すら両断するほどだった。
 天に向かって伸びた閃光の剣が、レイに向かって振り下ろされ――
 寸前でピタリと止まった。

「レイ……最後にもう一度だけ言うわ。私のところへ帰ってきなさい」

 けれど、レイは首を横に振り、

「それはできない……私と貴方は、もう違う存在だから……」

 LAYの端正な顔が歪む。
 それは哀しんでいるようにも、怒っているようにも見えた。

「私と違うと言うのなら……貴方は『私の敵』ということよ」

 残った片方のDアームから、もう一つのイデオンソードが伸びる。
 だが、その白刃はレイではなく、離れた場所にいるまあちへと振るわれた。

「っ!?」

 迫りくる閃光を、咄嗟に回避するまあち。
 だが、イデオンソードは切っ先をひるがえし、執拗しつようにまあちを追い続けた。

「あたしたちの勝負に手を出さないで……! LAY!」

 たまらず楓が叫ぶが、LAYのイデオンソードは止まらない。
 レイはLAYを睨み、

「やめて……! これは私と貴方の戦いのはず……!」
「貴方は私の敵だと言ったわ。そして、あのSUN―DRIVEは貴方が造ったもの。なら、一緒に消滅させなきゃ」

 冷ややかな声で答えながら、まあちを狙い続けるLAY。
 イデオンソードがまあちへと達する寸前、レイが飛び出し、まあちを庇うようにイデオンソードを受け止めた。
 レイの青きイデオンのDアームから伸びる、イデオンソード。

「レイちゃん……!?」
「私の後ろに……。貴方は……私が守る……」

 LAYは愉快そうに口元を上げ、

「『守る』ね。これを見ても同じことが言えるかしら?」

 イデオンソードが唐突に消滅し、代わりに目の前の空間に何かが出現する。
 それは、武骨なフォルムした鉄の塊。

「っ……!」

 レイの目が見開かれる。
 背後にいるまあちにも、レイの驚愕と緊張が伝わってきた。
 LAYは鉄の塊――巨大な大砲を撫で、

「さっき貴方が使おうとしていたものよ。波導ガン――イデオンガンとも呼ばれる、最強の兵装」

 装甲の一部が開き、ケーブルが伸びて波導ガンに接続される。
 イデオンの動力源から『イデの無限力むげんちから』が砲身に充填されていく。
 放たれたが最後、全てを灰燼と化す究極無比の兵器。
 防ぐ手段は――たった一つしかない。
 レイは同じく波導ガンが眼前の空間に出現させ、ケーブルを接続。ニューロ加速器を作動させ、無限力むげんちからを注ぎ込んでいく。
 二つの波導ガンを中心として、エネルギーの力場が形成され、溢れたパワーが稲妻となって空間をほとばしった。
 高まる無限力と無限力。
 そして――その瞬間がやって来る。

「さようなら、レイ」

 別れの言葉と共にLAYの波導ガンから光が走る。
 イデオンに搭載された、M・B・Hミニブラックホール発生装置。充填された超重力のエネルギーが波導ガンを通じて、外へと放たれたのだ。
 獰猛な咆哮を上げ、超重力の渦が、竜巻の如く突き進んでいく。
 その破滅の光を止めるため、レイもまた己の波導ガンを放った。
 二つの超重力の渦が激突する。
 二つの無限力が衝突する。
 そこに異なる想いを宿して。
 片方は滅ぼすために。
 片方は守るために。

「…………」

 だが、レイは知っていた。
 自分が姉には敵わないことを。
 LAYの超重力の渦が、少しずつレイを押していく。
 既に限界を超えて出力を上げていた青きイデオンが、自らの無限力によって、その内部からゆっくりと崩壊していく。装甲に亀裂が生じ、悲鳴の如き金属音が四肢からあがった。

「ぐっ……うっ……」

 それでもレイは退かなかった。
 一歩も下がることなく、LAYの超重力エネルギーを食い止め続けた。

「レイちゃん……!」

 レイの後ろで、まあちが叫ぶ。
 もういい。逃げて。
 そんなことを叫んでいた。

「大丈夫……私……負け……ないから……」

 超重力の渦が一秒ごとにレイのDアームを崩壊へと追い込んでいく。
 それでも耐え続けるレイに、LAYが不思議そうに問いかけた。

「何故そこまでして守るの?」
「私は……夢が知りたかった……」
「夢……?」
「夢とは、ここには無い、彼方の願いへと手を伸ばす行為。達成は約束されておらず、努力が実るとは限らず、ともすれば徒労に終わる……無謀ともとれる行為。けれど、その無謀に挑む姿は、とてもひたむきで、まっすぐで……私は惹かれた」

 思い出す。学園の並木道が桜に彩られていた頃を。
 そこで出会った少女に夢を尋ねた。
 答える彼女の笑顔は、今まで見た誰よりも眩しくて……羨ましいと思った。
 自分も、あんな風になりたいと思った。
 そんな気持ちにさせてくれた少女を――ずっと憧れていた少女を――自分の『夢』である少女を見る。

「まあち……私の夢は……貴方になること……」
「レイちゃん……」

 LAYのイデオンのDアームが重低音の唸りを上げる。

「なら、その夢ごと光になるがいいわ、レイ!」

 勢いを増した超重力の渦が、レイの波導ガンを押し切り、その砲身にまで達する。超重力によって圧壊あっかいしていく波導ガン。
 だが、次の瞬間。
 レイは潰れた波導ガンを捨てると、自ら超重力の渦へと飛び込んでいった。

「!」

 青きイデオンが、レイを守るようにオレンジ色のバリアを全身に張る。
 だが、到底防ぎ切れるわけもなく、進む度に装甲が潰れ、四肢が砕けていく。
 それでも青き巨神は、一度も止まることなく、己の主を目的の場所へと届けた。
 LAYが、すぐ目の前にいる。
 すでにLAYは波導ガンを止めていた。
 崩壊した青きイデオンの体が、nフィールドから完全に消滅し、ただひとり虚空に浮かぶレイ。

「最後に言い残す言葉はあるかしら」

 これが終生の別れになると、その瞳が言っていた。
 だが、レイは手を伸ばすと――
 LAYの体を抱きしめた。

「っ!?」
「私には……一つだけ貴方の持っていないものがある。私だけに与えられた機能……。ERINUSSの統括管理AIが暴走した時、その機能の一切を停止させる権限……『緊急停止プログラム』」

 レイの手が銀に輝く。
 緊急停止プログラム。管理者であるLAYが、本来の目的からいちじるしく逸脱いつだつした行動を取り始めた時、ERINUSSを通じて全権限を凍結させるための機能。LAYの歯止め役たるレイにのみ付与された特殊な権限。それこそがレイの奥の手だった。
 起動した停止プログラムコード――銀の光がレイの手を通じて、LAYの全身を覆っていく。

「……『私を舐めるな』と言っていたけれど、同じ言葉を返すわ。私がこの程度のこと、対処していないとでも思ったの?」

 LAYを包む銀光が、急速に輝きを失い、停止した。

「貴方を拘束した時、貴方とERINUSSの接続を遮断させてもらったわ。いま貴方が動けるのは、私が許可しているから。その気になればこんな風に……」

 LAYの指がレイに触れた瞬間、レイの体がピタリと動かなくなった。

「初めから貴方に勝ち目はなかったの……」

 微かな憐憫れんびんを滲ませ、抱きつく妹を見た。

「レイちゃん……! っ……V-MAX発動ッ……!」

 まあちはレイを助けるべく、蒼き光となって飛び出したが――
 即座に、その体が後ろから羽交い絞めにされた。

「楓ちゃんっ!?」
「行かせないわ、まあち」
「離して! このままだとレイちゃんが……!」
「初めに言ったでしょ! あたしはもう選んだの……!」

 まあちの蒼い光を、楓が全力で抑え込む。
 LAYは、石像の如く固まったレイを優しく抱き返し、

「眠りなさい、レイ。永久とわに。もう何もしなくていいわ。ただ私のそばにいてさえくれればいいの」

 LAYの体に、レイが呑み込まれていく。その胎内で永遠の安らぎを与えるべく。
 だが。

「……この瞬間を……ずっと待っていた」

 止まっていたレイの手が動く。
 LAYの体内に深く手を突き入れると同時に、レイの体に再び銀の光が灯った。LAYの内側から溢れるように銀光が放たれる。

「っ!? 何故動けるの!? 貴方のERINUSSのアクセスコードは私が握ってる! 動けるはずない! まして停止プログラムの再起動なんて……!」

 まあちもまた、その光景に呆然と見つめる。

「どうなってるの……?」
「……簡単よ。レイは自分のアクセスコード以外の手段で、ERINUSSにアクセスしているの」

 楓が言った。
 LAYがハッとして楓を見て、

「まさか貴方……!?」
「気付くのが遅かったわね、LAY」

 ニヤリと笑った。

「ありえない! 貴方のSUN―DRIVEは私の管理下にある! 貴方がレイを助けるなんて出来ないわ!」
「SUN―DRIVEはね。……でも、忘れてないかしら。私と貴方が初めて会った時のことを。私は自分のPCからERINUSSに接続した」
「!」
「今も私特製のPCが現実世界で稼働中よ」
「楓っ……!」

 怒りと屈辱に、LAYの顔が歪む。
 楓は最高のドッキリを決めた笑みで、

「人間らしい顔になってきたじゃない」

 LAYは、楓を八つ裂きにせんとイデオンを動かそうとしたが、赤い巨神は一切反応しなかった。
 LAYを染める銀光――停止プログラムコードが、ミリ秒単位であらゆる機能を凍結させているのだ。

「やめなさい、レイ! 私が凍結すれば、貴方だって……!」
「そう……私も停止する……」

 『緊急停止プログラム』は、ERINUSSの管理をAIから人の手に取り戻すための機能。それはバックアップのレイといえど、同じであった。

「じゃあ、レイちゃんまで消えちゃうってこと……!?」

 驚愕するまあちに、楓が、

「消えはしないわ。眠りにつくだけよ。ただ、その眠りを起こせる人はもういないけど」

 ERINUSSの開発者は既に亡くなっている。いつかそう聞いた。

「レイちゃん……!」

 まあちの叫びに、

「いいの……これは私が望んだこと……『責任』とかじゃなく……『やるべきだから』とかじゃなく……私が、私の意思で決めたことだから……」
「でも……」

 レイが、まあちを見る。
 いつもと同じ無表情。恐れも不安も見えない。
 だが、輝く銀光の中で、まあちを見た。
 レイは、口元を少しずつ持ち上げると――
 微笑わらった。
 微笑わらったのだ。
 ずっと夢見てきた少女の笑顔を真似るように、レイは微笑わらった。
 初めての微笑ほほえみは、とてもぎこちなくて、お世辞にも綺麗とは言えなかった。
 でも、まあちはそれを美しいと思った。
 世の中のどんな『一番キレイ』よりも、キレイだと思った。

「ありがとう……まあち……」

 レイは自分の『夢』を見つめながら、

「私に……夢をくれて……」

 どこにでもいる普通の女の子のように微笑ほほえむその姿が、溢れる光の中に消えていく。
 銀色の眩い光が電子の宇宙を覆い尽くしていった。
 やがて光が消えた時、そこにはまあちと楓しかいなかった。
 まあちのレイズナーに変化が起こる。装甲が光となって消え始めたのだ。
 それは、まあちのSUN―DRIVEを管理するレイが、完全に停止したことを意味していた。

「レイ……ちゃん……」

 本当に、レイはいなくなってしまったのだ。
 これが最後だなんて信じられなかった。
 もっといろんなことを教えたかったのに。
 一緒に街に買い物に行って、美味しいものを食べて、日が暮れるまで他愛もない話に興じる。
 そんな普通の幸せをレイに知ってほしかった。

「海にも……まだ行けてないのに……」

 夏休み前に交わした約束。
 目に涙が滲み、溢れ、こぼれ落ちていく。
 だが。

「……まだよ。まだ終わってないわ」

 楓が硬い声音で言った。
 見ると、楓は今もDアームを身に纏っていた。
 LAYが停止したのなら、楓のSUN―DRIVEも消滅するはずなのに。

「っ! まさか……!」

 楓の視線の先を追う。
 その先に――いた。
 黒い髪の少女が、荒く息をつきながら、電子の宇宙に立っていた。

「ハァ……ハァ……」

 LAYは今も健在だった。

「どうして!?」
「レイの緊急停止プログラムは、LAY自身にも止めることは出来ないわ」
「なら……!」
「LAY一人ならね」

 LAYの背後の空間が歪み、そこから新たな人影が現れた。
 制服姿の女生徒だった。端正な顔立ちに、綺麗に結われた三つ編み。ひときわ華やかな空気を纏い、花のような笑みを浮かべている。

「ごきげんよう、七星さん」

 旺城おうじょう瀬里華せりかが、いつもの親しげな声で言った。

「旺城先輩……!?」

 どうしてここに旺城先輩が……!?
 困惑するまあちをよそに、LAYは瀬里華に気付くと、

「来てくれたのね、ママ!」

 駆け寄り、その体に抱きついた。

「フフ。大丈夫だった、LAY?」

 抱きつくLAYの頭を、瀬里華が優しく撫でる。

「うん! ママが助けてくれたから平気! ありがとう、ママ!」

 これまでの大人びた雰囲気を一変させ、無邪気に笑うLAY。

「私、ママのためにがんばったよ! あと少しで、私たちの夢が叶うの!」
「ええ。いい子ね、LAY」

 褒められ、LAYがますます破顔はがんする。
 瀬里華は微笑みながら、

「貴方のおかげで準備が整ったわ」

 LAYの少女の胸に手を当てると、

「だから、もう用済みよ」

 その手がLAYの胸を深々と貫いた。

「……え?」

 LAYはポカンとした顔をした。胸元を見下ろす。自らの胸を貫く瀬里華の腕。
 穿たれた穴を中心として、LAYの全身にヒビが入っていく。

「な、……んで……?」
「簡単よ。私が欲しかったのは貴方ではなく、ERINUSSだから」

 微笑みながら、残酷な事実を告げた。
 LAYは泣きそうな顔をして――けれど、無理矢理笑みを作って、

「ウソ……だよね? マ――」

 『ママ』と口にしようとして――
 その体が砕け、塵となって消滅していった。

「旺城……先輩……これは……」

 まあちが問いかけようとした時――

「ようやく現れたわね、瀬里華っ!」

 楓の叫びが轟いた。

「この時を……! あたしは、この時をずっと待ってた……!」

 目をギラつかせ、瀬里華を睨みつける。
 瀬里華は楓を見ると、

「やっぱり貴方が仕組んだことだったのね。これはあの時の恨みかしら……神月さん」

(つづく)

著者:金田一秋良

イラスト:射尾卓弥

©サンライズ

©創通・サンライズ

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