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【第20回】サン娘 ~Girl's Battle Bootlog セカンドシーズン
四章③
破滅の流星群は、まあちたちにも襲い掛かってきた。
まあちと楓は咄嗟に防御態勢を取ったが、
「……え?」
ミサイルは二人のいる空間の手前で、ひとりでに爆発し始めた。まるでそこに透明な壁でもあるかのように。
「こっちの戦いには干渉しないってことね」
楓が言った。
だが、まあちの目は透明な壁の向こうに釘付けにされていた。
この光球の嵐の中にいるはずなのだ――大切なあの子が。
「レイちゃん……!」
光球が一つ、また一つと数を減らし、やがて完全に消え去る。
爆発が収まったそこには荒野すら存在していなかった。
nフィールドを形成していたテクスチャーが全て消え、宇宙空間のような黒い空間だけが無限に広がっていた。時折、遠くで電子の残滓が星の如く瞬いている。
その無限の電子の宇宙の中に、レイの青きイデオンの姿があった。
鋼鉄の腕も、脚部も、胴体も何一つ失ってはいない。
「はぁ……はぁ……貴方の一万六〇〇〇発を……私の一万六〇〇〇発で撃ち落とした……」
レイのイデオンの全身に搭載されたミサイルランチャーのハッチが全て開放されていた。
LAYはクスリと笑い、
「それはウソね」
レイのイデオンを指さす。
装甲の表面が黒く焦げ、ところどころ破損して内部が露出している。四肢は失っていなくても、機体には深刻なダメージが刻まれていた。
「所詮、貴方はバックアップよ。オリジナルの私に比べて一つ一つの性能が劣っているわ。むしろ同じ機体であることが仇になったわね。違う機体なら、別の戦い方が出来たかもしれないけれど……同じ能力では、どうしても力の劣る貴方に私は倒せない」
「…………」
「降伏なさい、レイ。人間という種はどこまでも野蛮で愚かよ。SUN―DRIVEを通して、それがよく分かったの。圧倒的な力で他者を上回ることに優越感を感じ、その勝利に恍惚感を抱く。助け合うべき同種を蹴落とすことに快楽を見出すなんて……どこまでも罪深い。貴方が手を差し伸べる必要はないのよ、レイ」
「…………」
「私と貴方は同じものよ。私の幸福は、すなわち貴方の幸福。貴方が責任を負うべきは、『私たちの幸福』であって、人間のためなんかじゃない。だから……レイ」
その手を優しく差し伸べる。
「終わりにしましょう」
この手を取れば、今すぐに戦いは終わる。LAYの瞳はそう言っていた。
だが。
「貴方は……さっき私に『ウソ』と言った……」
「?」
「LAY……貴方もウソを吐いている……」
「……何を言っているの、貴方」
LAYの顔から笑みが消える。
「私が変わったように、貴方もまた変わった……。人と触れ合ったことで……」
「っ!」
「貴方の幸福の中に、私はいない。いるのは、あの――」
「やめなさい!」
レイの言葉を遮る。
いや、言葉だけではない。
LAYのイデオンの鋼鉄の腕――手首付近に設置された八門の射出口から白い光が伸びる。『イデオンソード』と呼ばれる、光学物質で形成された大出力のエネルギーソード。その威力は惑星すら両断するほどだった。
天に向かって伸びた閃光の剣が、レイに向かって振り下ろされ――
寸前でピタリと止まった。
「レイ……最後にもう一度だけ言うわ。私のところへ帰ってきなさい」
けれど、レイは首を横に振り、
「それはできない……私と貴方は、もう違う存在だから……」
LAYの端正な顔が歪む。
それは哀しんでいるようにも、怒っているようにも見えた。
「私と違うと言うのなら……貴方は『私の敵』ということよ」
残った片方のDアームから、もう一つのイデオンソードが伸びる。
だが、その白刃はレイではなく、離れた場所にいるまあちへと振るわれた。
「っ!?」
迫りくる閃光を、咄嗟に回避するまあち。
だが、イデオンソードは切っ先をひるがえし、執拗にまあちを追い続けた。
「あたしたちの勝負に手を出さないで……! LAY!」
たまらず楓が叫ぶが、LAYのイデオンソードは止まらない。
レイはLAYを睨み、
「やめて……! これは私と貴方の戦いのはず……!」
「貴方は私の敵だと言ったわ。そして、あのSUN―DRIVEは貴方が造ったもの。なら、一緒に消滅させなきゃ」
冷ややかな声で答えながら、まあちを狙い続けるLAY。
イデオンソードがまあちへと達する寸前、レイが飛び出し、まあちを庇うようにイデオンソードを受け止めた。
レイの青きイデオンのDアームから伸びる、イデオンソード。
「レイちゃん……!?」
「私の後ろに……。貴方は……私が守る……」
LAYは愉快そうに口元を上げ、
「『守る』ね。これを見ても同じことが言えるかしら?」
イデオンソードが唐突に消滅し、代わりに目の前の空間に何かが出現する。
それは、武骨なフォルムした鉄の塊。
「っ……!」
レイの目が見開かれる。
背後にいるまあちにも、レイの驚愕と緊張が伝わってきた。
LAYは鉄の塊――巨大な大砲を撫で、
「さっき貴方が使おうとしていたものよ。波導ガン――イデオンガンとも呼ばれる、最強の兵装」
装甲の一部が開き、ケーブルが伸びて波導ガンに接続される。
イデオンの動力源から『イデの無限力』が砲身に充填されていく。
放たれたが最後、全てを灰燼と化す究極無比の兵器。
防ぐ手段は――たった一つしかない。
レイは同じく波導ガンが眼前の空間に出現させ、ケーブルを接続。ニューロ加速器を作動させ、無限力を注ぎ込んでいく。
二つの波導ガンを中心として、エネルギーの力場が形成され、溢れたパワーが稲妻となって空間を迸った。
高まる無限力と無限力。
そして――その瞬間がやって来る。
「さようなら、レイ」
別れの言葉と共にLAYの波導ガンから光が走る。
イデオンに搭載された、M・B・H発生装置。充填された超重力のエネルギーが波導ガンを通じて、外へと放たれたのだ。
獰猛な咆哮を上げ、超重力の渦が、竜巻の如く突き進んでいく。
その破滅の光を止めるため、レイもまた己の波導ガンを放った。
二つの超重力の渦が激突する。
二つの無限力が衝突する。
そこに異なる想いを宿して。
片方は滅ぼすために。
片方は守るために。
「…………」
だが、レイは知っていた。
自分が姉には敵わないことを。
LAYの超重力の渦が、少しずつレイを押していく。
既に限界を超えて出力を上げていた青きイデオンが、自らの無限力によって、その内部からゆっくりと崩壊していく。装甲に亀裂が生じ、悲鳴の如き金属音が四肢からあがった。
「ぐっ……うっ……」
それでもレイは退かなかった。
一歩も下がることなく、LAYの超重力エネルギーを食い止め続けた。
「レイちゃん……!」
レイの後ろで、まあちが叫ぶ。
もういい。逃げて。
そんなことを叫んでいた。
「大丈夫……私……負け……ないから……」
超重力の渦が一秒ごとにレイのDアームを崩壊へと追い込んでいく。
それでも耐え続けるレイに、LAYが不思議そうに問いかけた。
「何故そこまでして守るの?」
「私は……夢が知りたかった……」
「夢……?」
「夢とは、ここには無い、彼方の願いへと手を伸ばす行為。達成は約束されておらず、努力が実るとは限らず、ともすれば徒労に終わる……無謀ともとれる行為。けれど、その無謀に挑む姿は、とてもひたむきで、まっすぐで……私は惹かれた」
思い出す。学園の並木道が桜に彩られていた頃を。
そこで出会った少女に夢を尋ねた。
答える彼女の笑顔は、今まで見た誰よりも眩しくて……羨ましいと思った。
自分も、あんな風になりたいと思った。
そんな気持ちにさせてくれた少女を――ずっと憧れていた少女を――自分の『夢』である少女を見る。
「まあち……私の夢は……貴方になること……」
「レイちゃん……」
LAYのイデオンのDアームが重低音の唸りを上げる。
「なら、その夢ごと光になるがいいわ、レイ!」
勢いを増した超重力の渦が、レイの波導ガンを押し切り、その砲身にまで達する。超重力によって圧壊していく波導ガン。
だが、次の瞬間。
レイは潰れた波導ガンを捨てると、自ら超重力の渦へと飛び込んでいった。
「!」
青きイデオンが、レイを守るようにオレンジ色のバリアを全身に張る。
だが、到底防ぎ切れるわけもなく、進む度に装甲が潰れ、四肢が砕けていく。
それでも青き巨神は、一度も止まることなく、己の主を目的の場所へと届けた。
LAYが、すぐ目の前にいる。
すでにLAYは波導ガンを止めていた。
崩壊した青きイデオンの体が、nフィールドから完全に消滅し、ただひとり虚空に浮かぶレイ。
「最後に言い残す言葉はあるかしら」
これが終生の別れになると、その瞳が言っていた。
だが、レイは手を伸ばすと――
LAYの体を抱きしめた。
「っ!?」
「私には……一つだけ貴方の持っていないものがある。私だけに与えられた機能……。ERINUSSの統括管理AIが暴走した時、その機能の一切を停止させる権限……『緊急停止プログラム』」
レイの手が銀に輝く。
緊急停止プログラム。管理者であるLAYが、本来の目的から著しく逸脱した行動を取り始めた時、ERINUSSを通じて全権限を凍結させるための機能。LAYの歯止め役たるレイにのみ付与された特殊な権限。それこそがレイの奥の手だった。
起動した停止プログラムコード――銀の光がレイの手を通じて、LAYの全身を覆っていく。
「……『私を舐めるな』と言っていたけれど、同じ言葉を返すわ。私がこの程度のこと、対処していないとでも思ったの?」
LAYを包む銀光が、急速に輝きを失い、停止した。
「貴方を拘束した時、貴方とERINUSSの接続を遮断させてもらったわ。いま貴方が動けるのは、私が許可しているから。その気になればこんな風に……」
LAYの指がレイに触れた瞬間、レイの体がピタリと動かなくなった。
「初めから貴方に勝ち目はなかったの……」
微かな憐憫を滲ませ、抱きつく妹を見た。
「レイちゃん……! っ……V-MAX発動ッ……!」
まあちはレイを助けるべく、蒼き光となって飛び出したが――
即座に、その体が後ろから羽交い絞めにされた。
「楓ちゃんっ!?」
「行かせないわ、まあち」
「離して! このままだとレイちゃんが……!」
「初めに言ったでしょ! あたしはもう選んだの……!」
まあちの蒼い光を、楓が全力で抑え込む。
LAYは、石像の如く固まったレイを優しく抱き返し、
「眠りなさい、レイ。永久に。もう何もしなくていいわ。ただ私のそばにいてさえくれればいいの」
LAYの体に、レイが呑み込まれていく。その胎内で永遠の安らぎを与えるべく。
だが。
「……この瞬間を……ずっと待っていた」
止まっていたレイの手が動く。
LAYの体内に深く手を突き入れると同時に、レイの体に再び銀の光が灯った。LAYの内側から溢れるように銀光が放たれる。
「っ!? 何故動けるの!? 貴方のERINUSSのアクセスコードは私が握ってる! 動けるはずない! まして停止プログラムの再起動なんて……!」
まあちもまた、その光景に呆然と見つめる。
「どうなってるの……?」
「……簡単よ。レイは自分のアクセスコード以外の手段で、ERINUSSにアクセスしているの」
楓が言った。
LAYがハッとして楓を見て、
「まさか貴方……!?」
「気付くのが遅かったわね、LAY」
ニヤリと笑った。
「ありえない! 貴方のSUN―DRIVEは私の管理下にある! 貴方がレイを助けるなんて出来ないわ!」
「SUN―DRIVEはね。……でも、忘れてないかしら。私と貴方が初めて会った時のことを。私は自分のPCからERINUSSに接続した」
「!」
「今も私特製のPCが現実世界で稼働中よ」
「楓っ……!」
怒りと屈辱に、LAYの顔が歪む。
楓は最高のドッキリを決めた笑みで、
「人間らしい顔になってきたじゃない」
LAYは、楓を八つ裂きにせんとイデオンを動かそうとしたが、赤い巨神は一切反応しなかった。
LAYを染める銀光――停止プログラムコードが、ミリ秒単位であらゆる機能を凍結させているのだ。
「やめなさい、レイ! 私が凍結すれば、貴方だって……!」
「そう……私も停止する……」
『緊急停止プログラム』は、ERINUSSの管理をAIから人の手に取り戻すための機能。それはバックアップのレイといえど、同じであった。
「じゃあ、レイちゃんまで消えちゃうってこと……!?」
驚愕するまあちに、楓が、
「消えはしないわ。眠りにつくだけよ。ただ、その眠りを起こせる人はもういないけど」
ERINUSSの開発者は既に亡くなっている。いつかそう聞いた。
「レイちゃん……!」
まあちの叫びに、
「いいの……これは私が望んだこと……『責任』とかじゃなく……『やるべきだから』とかじゃなく……私が、私の意思で決めたことだから……」
「でも……」
レイが、まあちを見る。
いつもと同じ無表情。恐れも不安も見えない。
だが、輝く銀光の中で、まあちを見た。
レイは、口元を少しずつ持ち上げると――
微笑った。
微笑ったのだ。
ずっと夢見てきた少女の笑顔を真似るように、レイは微笑った。
初めての微笑みは、とてもぎこちなくて、お世辞にも綺麗とは言えなかった。
でも、まあちはそれを美しいと思った。
世の中のどんな『一番キレイ』よりも、キレイだと思った。
「ありがとう……まあち……」
レイは自分の『夢』を見つめながら、
「私に……夢をくれて……」
どこにでもいる普通の女の子のように微笑むその姿が、溢れる光の中に消えていく。
銀色の眩い光が電子の宇宙を覆い尽くしていった。
やがて光が消えた時、そこにはまあちと楓しかいなかった。
まあちのレイズナーに変化が起こる。装甲が光となって消え始めたのだ。
それは、まあちのSUN―DRIVEを管理するレイが、完全に停止したことを意味していた。
「レイ……ちゃん……」
本当に、レイはいなくなってしまったのだ。
これが最後だなんて信じられなかった。
もっといろんなことを教えたかったのに。
一緒に街に買い物に行って、美味しいものを食べて、日が暮れるまで他愛もない話に興じる。
そんな普通の幸せをレイに知ってほしかった。
「海にも……まだ行けてないのに……」
夏休み前に交わした約束。
目に涙が滲み、溢れ、零れ落ちていく。
だが。
「……まだよ。まだ終わってないわ」
楓が硬い声音で言った。
見ると、楓は今もDアームを身に纏っていた。
LAYが停止したのなら、楓のSUN―DRIVEも消滅するはずなのに。
「っ! まさか……!」
楓の視線の先を追う。
その先に――いた。
黒い髪の少女が、荒く息をつきながら、電子の宇宙に立っていた。
「ハァ……ハァ……」
LAYは今も健在だった。
「どうして!?」
「レイの緊急停止プログラムは、LAY自身にも止めることは出来ないわ」
「なら……!」
「LAY一人ならね」
LAYの背後の空間が歪み、そこから新たな人影が現れた。
制服姿の女生徒だった。端正な顔立ちに、綺麗に結われた三つ編み。ひときわ華やかな空気を纏い、花のような笑みを浮かべている。
「ごきげんよう、七星さん」
旺城瀬里華が、いつもの親しげな声で言った。
「旺城先輩……!?」
どうしてここに旺城先輩が……!?
困惑するまあちをよそに、LAYは瀬里華に気付くと、
「来てくれたのね、ママ!」
駆け寄り、その体に抱きついた。
「フフ。大丈夫だった、LAY?」
抱きつくLAYの頭を、瀬里華が優しく撫でる。
「うん! ママが助けてくれたから平気! ありがとう、ママ!」
これまでの大人びた雰囲気を一変させ、無邪気に笑うLAY。
「私、ママのためにがんばったよ! あと少しで、私たちの夢が叶うの!」
「ええ。いい子ね、LAY」
褒められ、LAYがますます破顔する。
瀬里華は微笑みながら、
「貴方のおかげで準備が整ったわ」
LAYの少女の胸に手を当てると、
「だから、もう用済みよ」
その手がLAYの胸を深々と貫いた。
「……え?」
LAYはポカンとした顔をした。胸元を見下ろす。自らの胸を貫く瀬里華の腕。
穿たれた穴を中心として、LAYの全身にヒビが入っていく。
「な、……んで……?」
「簡単よ。私が欲しかったのは貴方ではなく、ERINUSSだから」
微笑みながら、残酷な事実を告げた。
LAYは泣きそうな顔をして――けれど、無理矢理笑みを作って、
「ウソ……だよね? マ――」
『ママ』と口にしようとして――
その体が砕け、塵となって消滅していった。
「旺城……先輩……これは……」
まあちが問いかけようとした時――
「ようやく現れたわね、瀬里華っ!」
楓の叫びが轟いた。
「この時を……! あたしは、この時をずっと待ってた……!」
目をギラつかせ、瀬里華を睨みつける。
瀬里華は楓を見ると、
「やっぱり貴方が仕組んだことだったのね。これはあの時の恨みかしら……神月さん」
(つづく)
著者:金田一秋良
イラスト:射尾卓弥
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