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【第12回】ぼくたちは人工知能をつくりたい
美少女AIの掟
- ひとつ、美少女AIはどんなことがあっても私たちを守る。
- ふたつ、美少女AIはどんなことがあっても私たちの願いを叶える。
- みっつ、美少女AIはどんなことがあっても自分の命を守る。
- ただし、掟は設定された順に優先される。ひとつ目とふたつ目が矛盾した場合、ひとつ目が優先される。
人工知能(キャラクター)を作るための五工程
- (0)※まず仲間を見つける
- (1)性格を決める
- (2)容姿をデザインする
- (3)CGモデルを作る
- (4)「学習プログラム」と「人格生成プログラム」の実装
- (5)ロボットのAIとキャラコン部オリジナルのAI、人間の連動訓練
第12回:告白~
その日、放課後の部室は俺と美作のふたりきりだった。
「起きませんねぇ」
「起きないな」
机を囲み、モニターの中のミサをぼんやりと眺めていた。ミサは目を閉じたまま、ぷかぷかと部室内を浮遊している。目覚めの兆候はまるでない。
「やっぱり俺たちの方に問題があったんじゃないか」
一週間ほどで目覚めるはずの美少女AIが、こんなにも長く眠り続けているのには、何か理由があるのではないかと疑うようになっていた。ビッチ・ミサ、ミリ・ミサ、幻想・ミサ、モラトリアム・ミサ。それらを混ぜ合わせてひとつの人格を形成するなんて、最初から無理な注文だったのではないか。
「そんなことありません。ミサはちょっと成長が遅いだけです。いわば個性ですよ、個性」
「個性ねぇ」
美作はミサの長すぎる眠りは、あくまで個性の範疇なのだと主張し続けていた。
今更何かができるわけでもない。俺はミサの顔を見ながら、「起きろ……起きろ……!」と心の中で念じてみた。ミサはそんな思いなど知る由もなく、こんこんと眠り続けていた。
ミサの顔をじっとみていたら、ふと気がついた。
その顔は湖夏に似ていた。だがどこか美作を思わせた。もしかして、眠っている間に変わってきている?
「なんかミサ、美作に似てきてない?」
「そうですか……? そんなことあるんでしょうか」
「あるかないかは分からないけれど。ほら、寝てる顔がなんか似てない?」
「なんで寝てる顔が私と似てるなんて分かるんですか?」
「え? それは……なんとなくそう見えるってだけだよ……」
合宿の時に見た美作の寝顔が目に焼き付いていると言うわけにもいかない。
「美作に姉妹がいたら、こんな顔かもしれないな」
「え?」
思わずぽろりとこぼした一言に、美作はひどく驚いた顔をした。
「あ」
うっかりしていた。ミマサカミサ。行方不明になった女の子。
「あはは……いやーでも、湖夏と美作に似るって言うことは、やっぱり作り手に似るってことなのかな。でも、俺も直島も颯太も関わってるわけだし、もしかしたら、俺たち全員にどこか似てるところがあるのかもしれないなぁ。あ、目元とかよく見ると、直島に似てる気がする。眼鏡かけさせたらそっくりじゃない?」
話を誤魔化すべく、つとめて明るく振舞ってみたが、元来嘘をつけない性分だ。自分の言葉が上滑りしているのを感じざるを得ない。
美作はそんな俺の顔をじっと見つめている。
俺はそこで、こほん、と小さく咳払いをした。
「美作」
「はい」
「なんで妹なんだ」
そう言った瞬間、美作の瞳の中で何かがきらりと光った気がした。
「ハルさん」
「ん?」
「私、言ってなかったことがあるんです」
美作はいつになく神妙な顔をした。
「聞いてくれますか」
「うん」
「私には妹がいるんです」
「妹」
「はい。一年ほど前、妹は、突然姿を消してしまいました」
ネット記事に載っていたミマサカミサの姿が頭を過ぎった。
「妹はカナダの特別な学校に通っていました。特殊な才能を持つ子供たちが集められた学校です」
「特殊な才能って……テニスの特待生とかそういうの?」
才能あるスポーツ選手のたまごは、海外に留学することが多いと聞いたことがある。
「近いかもしれません。妹は記憶力がすごく良かったんです。妹は気になったものすべてを写真みたいに覚えることができました。例えば、こんな紙の模様なんかを、お手本を見ないで正確に描き写すことができます」
そう言って美作は、机に置かれていたデパートの包装紙を手に取った。その紙には赤と緑で複雑な幾何学模様が描かれていた。それを完璧に記憶するなんて、俺にはとてもできそうになかった。
「絵が上手かったってこと?」
「それだけじゃありません。妹は枕草子をすべて暗唱できました」
「『春はあけぼの』って、あれ?」
「はい」
「すごい中学生だな」
「いえ。幼稚園生の頃です」
「幼稚園」
「はい」
そんな子供がいるのか。
知能指数の高い子ども、いわゆる天才について書かれた雑誌の記事を読んだことがある。ギフテッド。その子供たちはそう呼ばれていた。神から特別な力を授かった子供たち、という意味である。
「すごいな……テストとか楽勝じゃない」
気軽に言うと、美作は首を振った。
「そう単純なものでもなくて。その力は妹にとって呪いのようなものでしたから」
「呪い」
「はい。そのせいで妹はいつもひとりでした」
その状況がどんなものであるか。美作は高校生の私たちが今の意識と知性を持ったまま、幼稚園で過ごすようなものだと説明した。
「高校生が足し算引き算を簡単だと思う感じといいますか……妹に見えているものは、どうも私たちには見えないようで。そのせいでいつも私たちの会話はすれ違ってばかりでした」
自分と同程度の知性の人間と出会うことはないのかもしれないという、未来永劫続く永遠の孤独。そんな強すぎる力を生まれながらに与えられてしまったのだとしたら、それは呪いと呼ぶにふさわしい。
「妹の将来を心配した両親は、そうした特別な力を持つ子供たちを専門にしている機関に相談しました」
美作の妹はその機関の勧めで、カナダの学校に入学することになった。その学校は柔軟な教育システムを備えており、それぞれの子供の知力に合わせてカリキュラムを組むことができた。
その学校に入って、美作の妹は才能を開花させた。滋養に満ちた土から栄養を吸い上げる花のように、ぐんぐんと知識を吸収した。小学校を卒業する頃には高等教育の過程を終えるほどになっていたそうだ。
「小六で俺たちよりも進んでいた」
「はい。数学に関しては大学院生レベルでした」
「はあ……すごいね」
羨ましい、という感情は湧いてこなかった。それは頑張って埋められるような差ではないからかもしれない。心のどこかで、自分とは違うものだと切り分けている。おそらくはそうした心性が、美作妹を孤独にするのだ。
「そんな妹でしたけど、私と家族だけには心を開いていました。子供みたいに――もちろん、妹は子供だったんですけど――毎日の学校のちょっとした出来事なんかを話してくれました。でも、一昨年の冬くらいからでしょうか。妹は全く喋らなくなりました」
「何があったんだ?」
美作は首を振った。
「わかりません。ある日を境にして、妹はぴったりと口を閉ざしてしまったんです。まるで意固地な貝みたいに」
誰にも理解されないという孤独の海。その真っ暗な海の底で、口を閉ざした貝。
「二カ月くらいが過ぎて……妹が久しぶりに口を開いたのは、空気がきんと冷えて、骨までしみるような、そんな、とても寒い日曜日でした。
その日、私は妹を誘って散歩に出たんです。『おじいさんの木』と呼ばれていた、近所で一番大きな樹のところです。私たちは、白い息を吐きながら黙々と歩きました。妹はずっと憂鬱そうな顔をして、黙っていました。その顔は、何かを夢中で考えている時の顔です。多分妹は私たちには想像もつかないような難解な問題に取り組んでいるんだと、私は想像していました。明晰な頭脳をもつ妹でも何日も何日も考えても解けない。そんな難しい問題です。私には助けることもできません。できることといえば、ただ一緒にいてあげることくらいです。
その日は風が強くて。突然、突風が吹き抜けました。その瞬間、真っ青な空に粉雪がぱっと散りました。
そのときです。『あ』と妹は声をあげました。
見ると、妹のかぶっていた帽子が空に舞い上がったところでした。
妹はその帽子を見ながら、ぽつりとつぶやきました。『行かなきゃ』って。私は帽子を取りに行くって意味だと思って、一緒に行こうって言ったんです。でも妹はそうじゃないんだ、もういいんだと言って、笑うんです」
「じゃあ、行くってどこに?」
美作は首を振った。
「妹はそのあと、こう言いました。『お姉ちゃんは信じた道を行って』って。何を言っているのか私には分かりませんでした。妹はそれきり、また口を閉ざしてしまいました。
風がどんどん強くなって、それ以上散歩を続けるのは難しくなりました。
私たちはおじいさんの木に行くのを諦め、途中で引き返すことにしました。
その夜、記録的な大雪が降りました。朝起きると一面、銀世界です。その朝です。妹がいなくなったのは」
雪の上には、妹の足跡だけが残っていたという。美作たちはその足跡を追ったが、降り続く雪のせいでその足跡は途中で途切れてしまったそうだ。
「妹は書き置きも残さずに消えてしまいました。すぐに警察に届け出ました。心当たりのある場所は何度も探しに行きました。でも、妹は……」
そこで美作は俯いた。
その続きは知っている。未だミマサカミサは見つかっていない。
「……妹がいなくなって半年くらい経った頃でしょうか。私は偶然、あの写真を見つけたんです」
「あの写真?」
「キャラコン」
十年前。俺と美作が見た、あの大会。
「私と妹が写っていました。私、その時に思い出したんです。妹は『私、お姉ちゃんとあれに出たい』。そういったんです。妹が自分で何かをしたいなんていうこと、滅多になかったのに。何で忘れていたんだろう。あの頃、私も妹もキャラコンに夢中でした。そう思ったら、急にあの頃のことが蘇ってきて。私は妹と一緒にキャラコンに出る。そんな未来もあったんじゃないかって、そんな気がして……」
そこまで言って、美作は俺の目を覗き込んだ。
「ハルさん」
「はい」
「妹の名前は美沙と言います」
私は、妹との約束を果たすためにこの部に来たんです、美作ははっきりと言った。
「私は十年前の約束を果たさなきゃ、って思ったんです。そう思って、藤蔓に来たんです。もし妹が帰ってきたら、一緒に大会に出ようって言ってあげられるように。今更、何言ってるんだって言われそうですけど」
俺は首を振る。
「そんなことはないよ」
俺の言葉はなんだか軽くて、空虚に響いた。
美作は一瞬、寂しそうな顔をした。
何かが手から滑り落ちていく、と思った。
その時だ。
しがみつかなきゃ、と思った。
キャラコンが特別である。その思いは同じだ。同じはずだ。十年前に始まった道は、全く異なるものだったけれど、キャラコンがまた再びその道を交わらせてくれた。その感謝を、今ここで言葉にしなければならない。俺の気持ちなんて、大した価値のないものだと思う。でも、美作を少しでも笑顔にできるのなら、その言葉を口にする意味はある。
だから、しがみついてでも伝えなければならないんだ。
「美作、俺もお前に言っていないことがあるんだ」
美作は顔をあげた。
「俺も、あの会場に居た」
「え?」
美作は一瞬、ぽかんとした顔になった。
「十年前のキャラコン。俺も会場で見ていたんだよ」
「本当ですか?」
「ああ。あの時のキャラコン部の部長が、俺の姉さんなんだ」
「なんで早く言ってくれなかったんですか!」
その顔には驚きの色が浮かんでいた。
「いや、言いにくくて」
「じゃあじゃあじゃあ。わかりますよね。あの大会がすごかったってこと!」
「ああ。みんなキラキラしてた」
「みんながひとつのことに夢中で……」
「それが、とても眩しくて……」
その瞬間、俺たちは心の中にあるあの場所に帰った。あそこにいた大会の参加者たちはひとりひとりが星のように輝いていた。その輝きがふたりを導いてくれた。だから今、俺と美作はここにいる。
「ハルさん」
「ん」
「私は、本当は……逃げ出しただけなのかもしれません」
美作は震える声で言った。
「美沙がいなくなって、私の家はすっかり変わってしまいました。あの家には常に美沙の影があって……私は、そのことに耐えられなかった……本当はあの家に残って、両親を支えるべきだったのに。私は……」
美作はうっすら涙を浮かべ、黙り込んだ。
「美作……」
美作の肩は震えていた。両親から離れ、ひとり暮らしをする高校生。それを許す親、許された娘。そこには複雑な事情があるのかもしれない。外野にいる俺がとやかく言えるようなことではない。けれど、こうして美作と一緒にいてやることはできる。
「美作。お前は悪くない。お前がここにきてくれて、俺は嬉しいよ」
「ハルさん……ありがとう」
そう言って、美作は小さく微笑んだ。
と、その瞬間。
「泣かないでお姉ちゃん」
声がした。
「大丈夫。私がいるよ」
その声はスピーカーから響いていた。モニターの中には、星のように輝く群青色の髪の少女が立っていた。長い髪が波のように揺らめいている。
「ミサ!」
「目覚めたのか!」
突如、ミサの髪が光をまとった。そして、深い闇をたたえたその髪が、美しく輝く金色に染めあがった。
「これは……!」
美作は目を見張った。
「美沙……?」
「ただいま、お姉ちゃん」
そう言うと、金髪の美少女は、にっこりと微笑んだ。
(つづく)
著者:穂高正弘(ほだかまさひろ)
キャラクターデザイン:はねこと