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2022.04.22

ゆっこチャンネル開放③



 

「「「!!」」」

 全員がすぐに足を止めてしまった。
 何と来た道が消えているのである。

「どうして!?」
「道がなかとですよ」

 あせるマッツンとスタニャ。
 ユッコは恐る恐る振り返ると、岩場で鬼が笑っている。
 歪んだ笑い顔が、これまた怖い。

(ああ、しまった。付け入られた!)

 もっと早く気付くべきだった。
 人も踏み入らないような山中で、普通に道があったことに。
 おそらく、自分たちが来た時点で、あの異形の者がユッコたちをこちらに誘導していたのだ。
 だとしたら、どうすればここから抜け出せるのだろうか?
 ユッコは幽霊は見えても、除霊ができるわけではない。
 見えるだけなのだ。
 もし他にできることがあるとすれば……。

「あの、マッツン、スタニャ。ちょっといいですか?」
「ええ? なにぃ?」

 涙目のマッツンが助けを求めるように、こちらを見る。

「あの、この原因って、たぶんあそこにいるやつのせいだと思うんです」
「え!? なにかいるの?」
「はい。なので、ちょっと話してみます」

 そう、もう一つできるとすれば幽霊と話すこと。
 問題は話し合いでどうにかできるかどうかなのだ。
 もう一度、あの異形をちらりと見る。
 話し合いが通じそうな顔をしているとは思えない。
 それでもこのままというわけにもいかず、致し方なくあの恐ろしい鬼のような者から適切な距離を置いて話しかける。

「あの……すいません。私たち、帰りたいのですが……」
『…………』

 なにも答えない。
 やはり通じなていないのだろうか。
 これは困った。
 とはいえ、近くに来てわかったが、この異形の者、動くことができない。
 なぜなら、この岩の中に半身をうずめてしまっているからだ。
 この岩に宿る精霊ではない。
 おそらくだが、この岩に封印されているのだろう。
 西遊記の孫悟空のようなものだろうか?
 するとブルブル震えるスタニャと一緒にやってきたマッツンが、

「どう? 話わかってくれそう?」

 と聞いてきた。

「いや、通じませんね。すごく古い神様とかの部類かもしれませんし。どうしましょう」
「ええ! じゃあ出られないの?」
「いえ、そういうわけでは。たぶん、ここに封印されているだけなので、帰り道を閉ざすことくらいしかできないと思います」
「そうなんだ。かわいそうだね」

 かわいそう、という感想が出てくることには驚いた。
 この顔を見ていないからなのか?
 とはいえ、確かにかわいそうと言われればかわいそうかもしれない。
 どれほどの年月かはわからないが、誰からも忘れ去られてここにずっと繋がれているのだから。
 とはいえ、解き放っていいのだろうか?
 そんな事したら、不味いのではないか?
 そもそも封印されるような輩である。
 しかしマッツンはやはり悲しそうな顔をする。

「助けてあげられないのかなぁ……」

 返答にユッコは困ってしまった。
 それを見て取ったのかスタニャが割って入る。

「こういうところの神様たい。私たちの裁量でどうにかしようとすると、逆に迷惑になってしまうこともあるかもしれんとですよ」

 なるほどいいことを言う。
 確かに自分たちの価値観でどうこうという話ではない。
 もしかしたら本来からこういう姿だったのかもしれないし、望んでこうしているのかもしれない。
 自分たちの価値観でそれをどうこうしようというのは確かにおこがましい。
 するとマッツンもそれを理解したようで、

「そっか、そうだよね」

 と顔を明るくした。
 そして岩に近づく。

「ごめんなさい。あたし勝手に心配したりしちゃって」

 語り掛けるように彼女がそう言うと、異形の鬼は静かにマッツンを見ていた。
 やはりこれでよかったのかもしれない。
 マッツンはくるっと振り返ると、

「よし、もう帰ろう!」
「どうやって帰るんですか?」
「飛んでだよ」

 まあそうなるだろう。
 それに上空に飛び出したら、帰り道もヘチマもない。
 マッツンが飛び出すところを探そうと、足を踏み出す。
 だがその時、

「おっと……」

 足元の小石に躓き、

「わわっ!」

 転びかけて、巨石の壁に思わず手を突き、
 ピキッ!

「………あ」
「「………あ!」」

 巨石にまっすぐ一筋のヒビが走った。

「ななな、なにやってんですか!」
「マッツン、まずかばい!」
「ごごごごめんなさい!!」

 その瞬間、異形の顔が一瞬笑ったかと思うと、ぬらりと岩から這い出した。
 ユッコは大いに焦った。
 なにしろ封印(?)されていた鬼神のような異形の者がこちらに向かってくるのだ。

「うわああ! 出てきちゃいましたよ! 岩から出てきちゃってますよ!」
「うそうそ! ホント?」
「逃げッとですよ!」
「わかった!」

 大焦りでユッコとスタニャをひっつかんだマッツンが、深くしゃがみ込み高く高く跳躍。
 一気に高度を上げてせいで、耳がキーンとなった。
 眼下には近畿地方が雲の下に見える。
 ここでユッコはあまりの高さに、

「……あふぅ」

 気を失ったのだった。

 

 気が付いた時には家のベッドで眠っていた。
 目が覚めると机には書置きがしてあった。

『お見舞いのつもりだったのにゴメンね』

 マッツンの字だ。
 ユッコは少しほほ笑むと、その手紙を机の中に入れた。
 静かな、とても静かな夕日が窓から差し込んでいる。

(今日は楽しかったな)

 そんなことを思いながら、ユッコはベッドに腰を掛けた。

 

 休日の午後。
 マッツンとスタニャは井の頭線で渋谷まで出た。
 そこからとぼとぼ歩いて原宿までやってきていた。
 学校からはそういった繁華街にはいかないように、と厳しく言われていたが、今日は友人を助けるためなのだ。
 そんなことを言っている場合ではない。
 路地裏には噂で聞いた通り、露天商の店がズラッと並んでいた。
 その中の一つ。
 ブラジル人の女性がやっている露天商に、願いを叶えるものが売っていると噂されていたのである。

「あ、あの、いいですか?」
「ナーニ? 見てってヨ。どれが欲しいノ?」
「えっと……幽霊に効くお守り的なものってどれですか?」
「?」

 小首をかしげる女性に、マッツンは必死で説明をする。

「えっとですね、幽霊が見えちゃって困ってるんです」

 するとスタニャもすかさず、

「おねがいばい。その娘、幽霊のせいで家からも出れんとですよ」

 それを聞いたお姉さんはにっこり笑って、

「アア、除霊アイテムねー。はい、じゃあ、コレ」

 と言って腕時計を差し出してきた。
 カラフルな文字盤に、ゴム製のバンド。
 何かのキャラクターが印刷されているが、メジャーなキャラものでもなければパクり商品でもない。
 なんとも言えない味わいのゆるキャラが時間を告げる腕時計。
 かわいらしいデザインなのだが、これにそんな力があるとはぱっと見思えない。
 でもお姉さんは自信満々に、

「コレ、すごいよ! 四国の八十八か所を巡って祈祷された時計ネ。幽霊なんかいっぱつ」

 普通に考えれば最高に胡散臭い。
 だが今の二人は藁にも縋りたいのだ。
 当然ながら、

「やった!」

 という反応になってしまう。
 露天商のおねえさんはにっこりして、

「今ならたったの一万五千――」
「「ああ!」」

 顔を覆うマッツンとスタニャ。
 すかさずお姉さんが、

「――のところを千五百円!」
「千五百!?」

 驚きの値引きぶり。
 顔色を見て即座に判断した様子。
 なかなかの手練れである。
 でもやはり二人は気付かない。

「よかですか! そんな割り引いたらお店がつぶれてしまうとですよ!」
「ダイジョブ、ダイジョブ。スペシャルサービス」
「でもスタニャちゃん、ちょっと待って」
「なんばしよっと?」
「ちょっと見て、あたしが千二百円」
「私が千八百二十円たい」
「合わせて三千円ちょっと」
「「う~ん」」

 お互い、腕を組んで考え込む。
 わからないのは露天商のお姉さんだ。
 お金は足りているのに、買えないわけではない。

「どしたの?」

 するとマッツンがハの字に眉を下げて、

「あの、これ三人でつけようって思って。いつも近くにいるから。そしたら効果倍増するかなって思ってたんです」
「はは~ん」

 つまりはマッツン達は三つ時計を買うつもりだったのだ。

「そういうことですカ。わかりました」
「え?」
「いいですよ。三つで三千円。これ以上はまけませんよ」
「「ホントですか!!」」

 目をキラキラさせる女子中学生に、露天商のお姉さんは少しばかり心苦しく思った。
 仕入れ値百円の腕時計だ。
 いくらで売っても利益は出るのだから。

(まぁ、丈夫ではアルからねぇ。それでゆるして)

 心の中だけで、謝罪を述べてはしゃぐ中学生に時計を手渡した。

 

「ユッコ~、見て見て!」
「なんですか?」

 週明けまで休みを取っているユッコの家に行くと、ユッコが不機嫌そうに迎えてくれる。
 マッツンもスタニャもそんなことは気にせず、買ってきたものを差し出した。

「これ付けてよ」
「腕時計ですか?」
「うん、すごい魔除けなんだって」
「腕時計で? 魔除け?」
「そうたい。なんでも四国回ってきたらしっちゃん。霊験あらたからしかとですばい」
「そうには見えませんが……」
「つけてつけて」

 言われてユッコはゴムベルトを腕にはめてみる。

「どう? 幽霊、見えなくなった?」
「えっと……」

 実のところ、あの山中に入ってからユッコの目には幽霊はあまり見えなくなった。
 それというのも、ユッコの周りに幽霊が寄ってこなくなったからだ。
 あの幽美さんですら部屋の隅で、膝を抱えている。

「そうですね、あんまり見えなくなりました」
「やったぁ! 効果バツグン!」
「よかったとですね」

 ハイタッチする二人に、ユッコは言うに言えなかった。
 その前から見えていない、ということには。

(これも、見えなくなるといいんですが……)

 腕時計を見ながら、部屋の中央に目を移す。
 そこにはあの山にいた鬼神がドカッと腰を落ち着けて、座っていた。
 まったく危害を加える様子も、ましてや変なことをする様子もない。
 守ってくれているのかな、とも思える。

(でも……顔が怖いです)

 ユッコの悩みがまた一つ増えてしまったのであった。

 

(つづく)

著者:内堀優一

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