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第三話 超能力研究部
本日はどこかへ出かける予定はなし。
そんな放課後、教室の片隅。
マッツンが勢いよく、
ビシッ!
「はい!」
挙手をした。
「今度こそ! 今度こそあたしたちは、このへんなもんを捨てたいと思うのであります!」
「「おー」」
ぱちぱちぱち。
「ということで、今日は次に行くところを決めたいと思います」
「「おー」」
ぱちぱちぱち。
今日もマッツンは大いに気合が入った調子で握る拳に力が入る。
三人にとって、この能力を捨てることは最重要課題。
出会ってから今日まで何一つそこは変わらない。
とはいえ……。
「どこいこっか?」
さっきまでの気合はどこへやら。
机にへにゃりと顔をつけて弛緩するマッツン。
まあ、彼女がそう言うのもわからないではない。
こうして放課後に三人が集まるものの、毎日どこかに行くわけではない。
近くならまだしも、電車を使うと選択肢はグッと狭まる。
中学生のおこずかいの範疇だって高が知れているからだ。
ユッコもスタニャも困って頭を掻きながら、
「どこへ行くと言われましても……」
「パワースポット的な所はそうそうなかばい」
スタニャは力なく雑誌のページをめくる。
先日、コンビニで三人で買ってきた雑誌の表紙には、垢ぬけたモデルがドヤ顔でキラキラした服をまとい、ポーズを決めている。
煽り文句は「女子力アゲアゲ・パワースポット特集」。
――ご利益、なさそう!
ユッコとマッツンは地雷臭しかしない煽り文句に愕然。
でもスタニャは、
「これ、絶対よかよ~!」
とノリノリだったので、とりあえず購入してしまった。
結果?
このだらけきった様子でページをめくるスタニャを見ればお分かりいただけただであろう。
少なからずこの三人にとって有益ではなかったのである。
開いたページには、国内の観光地が紹介されているレベル。
とってつけたように海外のストーンヘンジなんかの記事もあった。
スタニャはもはや読み飛ばすかの如く、
「海外かぁ……こういう遺跡に行けば、何かあったと?」
と、無気力に言う。
すると何が琴線にふれたかマッツンが目を輝かせた。
「おお! 海外かぁ! バリいいねえ!」
しかしスタニャは深々とため息。
「でも遠かぁ」
「だいじょうぶだよ!」
力強く親指をビシッ!
さしものユッコも、
「あわわ……」
マッツンが何を考えているかくらいは十分にわかっている。
「前みたいなのはやですよ」
「前みたいなの?」
「ほら、ジャンプで……」
ユッコがスーパームーンのせいで困っていた時だ。
「さすがにあれで海外はムリですからね」
「大丈夫だよ! 行けちゃううよ!」
「行けませんよ! すっごい寒いんですから!」
「え、寒い?」
すると聞いていたスタニャも同意するようにコクコクうなずく。
ユッコはため息交じりに、
「そもそも、あんなの目撃されたらどうするんですか?」
「目撃って?」
おや、わかっていらっしゃらない?
「私たち完全に未確認飛行物体ですよ! U・F・O、ですよ!」
「え、宇宙人なの!? あたしたち!」
「いやいや、だから未確認飛行物体ですって」
「あ、そっか」
なはは~と頭を掻くマッツンは、どうやらこの危機的発想を理解していないようだ。
「人間三人が空飛びながら海を渡って国境超えるとか、国際問題ですよ!」
「でも見つからないんじゃない?」
「わかりませんよ。海外の軍隊のレーダーとかに引っ掛かったらどうするんですか?」
「レーダー……引っ掛かるかな?」
「わかりませんけど……でも撃ち落されたら大変です!」
するとスタニャが気楽そうに、
「ばってんミサイルとかなら電子機器やけん、私、狂わせることできそうばい」
ああ、できるだろうなぁ……。
そういうことができちゃう二人がそろってる!
がっくり肩を落としてその場に膝をついてしまった。
このままではパスポートなしで、不法入国騒ぎもあり得る状況。
止めねばならない!
そう思ったのはユッコの中学生なりの正義感からであった。
「でも、あれです! 戦闘機とかが出てきちゃうかも!」
これにはスタニャも勢いをなくした。
「ああ、それは怖かぁ……」
するとマッツンが力強く、
「任せて! あたし、戦闘機以上のスピード出せる気がする!」
フンスッ!
鼻息高らかにこぶしを握る。
「ダメダメダメ!」
「どーして?」
きょとんとしてもダメですから!
「そんな風速に耐えられるわけないじゃないですか!」
「え!?」
「私たち生身ですから!」
「あー……そっかぁ……」
ようやく納得してくれたのか?
がっくりと肩を落とすマッツン。
ユッコもそこまでお国事情とか、軍事態勢とかそういうことに詳しくはない。
ネットで上がってくるニュースを見てもチンプンカンプン。
だからよくわからない海外に行くのはやっぱり怖い。
正規の手段でも怖いのに、非合法かつ自力でなんてもってのほかだ。
(そういえば……外国の幽霊とは何語で話したらいいんだろう)
ふとそんなことを考えながらぼんやりしてしまう。
するとマッツンもスタニャも脱力しながら背もたれに身を預ける。
「あーあ、次はどうしようかなぁ」
「いいところがあればよかとですが……」
「なんか、こういうのじゃなくてさ、普通のオカルトの雑誌とかあればいいのに」
手にした女子力アゲアゲパワースポット特集にため息を漏らすマッツン。
「これは全然違ったとですもんね」
「陰謀論とかは興味ないよ……」
たしかにオカルト関連の雑誌や書籍はあまり売っていない。
ともすれば能力を捨てるような類ともなると一冊も見たことがない。
流行ってないから置いてないのだろう。
けど、それにしてもユッコたちには、これからとる行動の指針となる情報が少なすぎた。
だらけてしまうマッツンとスタニャを見ながら、ユッコもこれは仕方ないと諦め、自分もダラダラしてしまう。
三人でこうしてグダグダとした放課後を過ごすことは意外と多い。
普通にクラスのみんなと放課後を楽しみたい、という思いはある。
しかし三人の力がバレることも怖いし、何よりこの力で周りに迷惑をかけてしまうことの方がもっと怖い。
そう考えるとこうして気心の知れた三人でダラダラと過ごす放課後は気が楽だった。
すると机にへにゃりと顔をつけていたマッツンがふとこんな提案を持ち出した。
「ファミレス行く?」
ユッコもスタニャもこの提案には頭上に「?」が浮かんだ。
「どういうことですか?」
「ファミレスに打開策でもあると?」
しかしマッツンは弛緩しきった顔で、
「いやいやぁ、ほら、高校生とかファミレスで話したりしてるじゃん」
「してますね」
「あれ、いいなぁ、って思って」
「なんですかいきなり?」
「えへへぇ」
確かに三人にとって理想の高校生像だった。
気の合う仲間と特にこれといった理由もなくファミレスや喫茶店でダラダラとした時間を過ごす。
それはこの三人のまだ遠い夢の世界。
「まぁ……確かにいいですけどね」
「よかぁ……私もそういうことやってみたか」
「でしょ! でしょ! ファミレス、行きたいでしょ!」
「でも……」
ふと目線をバックに移すユッコ。
なにとは言わないが、財布の中身が心もとない。
そこはさすがのマッツンも懐事情は同じだったらしく、
「あ……だよね。意外と高いんだよね……ファミレス。ふふ……」
自嘲気味に、そして悲し気に、悲哀の情をもって笑う。
そう、三人はどう背伸びをしてもしがない女子中学生。
ちょっと特殊な力はあっても、飲食代を捻出できるような力ではない。
(便利なことには使えないのだよなぁ)
と考えるのは、ユッコもマッツンも一緒だ。
するとスタニャが、
「ファミレス、一度は行ってみたかとですねぇ」
と羨望にも似た眼差しをする。
「ん? スタニャちゃんってファミレス行ったことないの?」
「なかとです。家族では外食もいきよーけど、ファミレスはまだないっちゃんね」
とがっくり肩を落とす。
マッツンも目を丸くしながら笑みを浮かべ、
「ふぅん。じゃあ、そのうち行ってみようよ」
「うれしか! きっと、いこ―ね!」
「うんうん! 三人でファミレス制覇しようね!」
「やったー!」
手を取り合う二人。
ユッコは思わず、
(おお……話がずれだしたぁ……)
よくあるのことなので、ユッコもこういう展開には慣れている。
さして驚くようなことではない。
だいたいこうなると雑談モードへと移行してしまう。
ことにマッツンとスタニャはノリがいい部分は共通なので、一度火が付くと止められない。
二人ともゲラゲラ笑いながら話がチェーンしていく。
不思議なのはユッコが取り残されているという気がしないところだ。
二人のようにゲラゲラ笑ったりするのは恥ずかしいと感じてしまうだけで、楽しくないわけではないのが不思議な所だ。
さて、そんなマッツンがひと盛り上がりした後に、休憩とばかりに机にふにゃりと顔をつける。
そしてふと世間話をするようにポツリと、
「ねぇ、スタニャちゃん」
「なにとです?」
「スタニャちゃんってさ、彼氏とかいたことある?」
突然の質問にスタニャがガタッと勢いよく立ち上がった。
「はわわっ! なんば言いよっとね!」
「おお、赤くなりましたぞ! 見た? ユッコ!」
「やめなよ……」
まあ、海外の血が混ざったスタニャは、背も高いしモデル体型だし、顔も整っている。
ユッコにとっては、自分に足りないものが全部あると思えるくらい。
そんなスタニャがモテないわけはない。
実際、クラスの男子からスタニャのことを聞かれたことは一度ではない。
みんな気になっているのだろう。
事実、マッツンがグイグイ攻める。
「ねぇねぇ、どんな感じなの? 彼氏できるってどんな感じ?」
「マッツン! 私、彼氏なんかできたことなかとですたい」
「えー! ………ホントは?」
「ホントにホントったい!」
「んじゃ、手をつないだことも?」
「なかと!」
「一緒に下校したことすら?」
「なかっ!」
「気になる男の子は?」
「おらんとです」
「うへぇ……なんだぁ。スタニャならそういう話くらいあると思ったのに……」
再び机にへにゃりと突っ伏すマッツン。
「ねぇねぇ、ユッコは?」
「その期待値ゼロの態度で聞きますか?」
「だって、ユッコみたいな雰囲気好きなタイプもいるじゃん」
「どういうタイプですか?」
「えっと……しょうにあいこうか?」
「意味わかって言ってます?」
「わからん!」
はぁ、とため息をひとつ。
「そもそも私たち中学生ですよ。そんな破廉恥なことできません」
「おお、霊能少女純情派!」
「なんですか、それは……」
まあ、もしかしたらこんな能力さえなければ、そういうこともしていたのかもしれない、とユッコは思った。
ただそんなことよりもさっきから気になって仕方ないのは、傍らにずっとついてきている鬼神さんの機嫌が悪そうなことだ。
(恋愛話はきらいなのでしょうか?)
あまり好みはわからない。
今日にいたるまで、これと言った意思表示はない。
この話題が始まってから妙に落ち着きがないのだ。
その様子に、さしもの幽美さんも教室の外に退避してしまい、ドアの陰からこちらを見守っている。
(どうしたものでしょうか……)
そんなことはいざ知らず、マッツンはつまらなそうにイスに背を預ける。
「みんな片思いとかしよーよ。せっかくの青春だよー」
そんなマッツンを横目にスタニャはまだ恥ずかしそうに、
「そういうマッツンはどうとね? 彼氏とおらんかったんですか?」
「あー……ないない」
すごくあっけらかんとした否定。
疑う余地もないくらいに本音だろう。
「好きな人くらいおったとやなかですか?」
「ないない。まぁ、あれかなぁ……」
机に肘をつき、フッと黄昏るように校庭に目を向けるマッツン。
「――あたしに腕相撲で勝てる人なら好きになるかもねぇ」
スタニャとユッコに電撃、走る!
((それは無理だ!))
岩ブチ破ったり、近畿まで跳躍できちゃうマッツン相手に勝てる人間って、もはや同等の能力者くらいのものだ。
ある意味での高望みというやつである。
一気にマッツンの将来の結婚のことまで心配が及んだ。
「必ず、この能力を捨てましょうね!」
「捨てるとですよ!」
食らいつく勢いの二人にマッツンはきょとんとする。
「う、うん。どうしたの? ふたりとも?」
気持ちを新たにせざるを得なかったユッコとスタニャ。
言ってみれば、自分たちもまたマッツンと同じようなものなのだ。
それを今、まざまざと認識した気分である。
三人で手を取り決意を新たにしていると、突然教室のドアが、
ガラッ!
と勢いよく開いた。
(つづく)
著者:内堀優一