サンライズワールド

特集

SPECIAL

  • インタビュー
2022.04.11

アニメ制作の裏バナシ 第1回
サンライズプロデューサー 河口佳高 インタビュー(その3)


サンライズで多数の作品のプロデューサーを務めた河口佳高さんにアニメ制作の裏側を聞くシリーズの第3回。今回は、「設定制作」から昇格し、プロデューサーとして本格的に関わることになった劇場版『∀ガンダム』を中心に、プロデューサーという仕事の基本について話を伺った。

――制作進行、設定制作という業務を経て、河口さんもいよいよ劇場版『∀ガンダム』2部作でプロデューサーデビューをすることになります。どのような経緯でプロデューサーを務めることになったのでしょうか?

河口 テレビシリーズの『∀ガンダム』には、「設定デスク」という肩書で参加していました。ただ、実際にはその肩書と実際は違っていて、主にシナリオ打ち合わせを中心に携わっていたんです。そして、テレビシリーズが終わった後、当時の役員だった植田益朗さんから『∀ガンダム』を劇場版にしたいと言われました。『∀ガンダム』は、作品として面白いとは言われていたのですが、商売的な部分で上手くいっていないところがあったので、植田さんとしては「もうちょっと頑張ってお客さんに届けたい」という思いがあったようです。私に話が来た段階で、劇場版の構成は前後編の2部作というのはおおまかに決まっていて、「1本あたり30分くらいの新作パートを作って、それを加えて本編の編集や修正を行う」という話になっていました。そして、その制作予算を立てるというのが、プロデューサーとしての最初の仕事でした。

――その条件をもとに、プロデューサーとして富野由悠季監督ともお話をされているんですよね。


河口 私個人としては、新作パートを前後編で1時間分も作るのであれば、さらに30分足して1時間半の新作として『∀ガンダム』の劇場版を作ってはどうかと、勝手に富野監督に話をしてみました。でも監督は、「それだけの制作費が貰えるなら、『∀ガンダム』ではない、全く違う作品を作る」と言われて……。でも、そうなると企画から新たに作らなければならず、お金のかかり方が全く違ってしまうんですよね。当然ながら、『∀ガンダム』の劇場版を作るという前提条件も変わってしまう。それならと、当初の通り2部作の劇場版という形での制作を進めました。

――そのままわりとすんなりと制作に入ることができたのでしょうか?

河口 その当時、私は『機動戦士ガンダム 第08小隊』の現場に関わっていたのですが、そこも解散してしまい、私にはアニメを作る戦力になるスタジオが無かったんです。そこで、当時一緒に担当になった進行さんと2人で、元々TV『∀ガンダム』を作っていて、その後TV『犬夜叉』制作に入っている第1スタジオから少しずつ戦力を借りて作るというやり方になりました。基本は2人(のちに3人)しかいない制作チームでしたが、再編集版の映画だったので動かすことができました。

――劇場版ではありますが、設定などの基本的なものはすでに存在していて、編集内容に合わせた新作パートの作画を頑張れば何とかなるという感じでしょうか?

河口 そうですね。いちど作り上げた作品で、さらにかつて関わっていた人たちに頼んでいたので、そんなにややこしいこともなかったです。新作カットの発注や一部カットの修正というのが主な仕事で、最初のプロデューサーの仕事としてはやりやすかったですね。それこそ、富野監督の仕事は、いちから作り始めると作品理解でひと苦労があって、みんなが試行錯誤しながら作り上げる。そういうロスが少ないという部分でもやりやすかったです。

――設定制作というポジションからプロデューサーへは、簡単に転身できるものなのでしょうか?

河口 『∀ガンダム』のテレビシリーズのプロデューサーを担当していた富岡(秀行)さんが、『犬夜叉』の制作に専念しなければならず、私に仕事が回ってきたわけですが、いちから作りはじめるわけではないので、そういう部分ではラクなんです。実際、プロデューサーといえるかどうかもわからないような感じです。「ラインプロデューサー」という現場担当プロデューサーみたいな立場で、制作デスク+アルファみたいなもので、極端に仕事が変わるという感じも無かったです。ただ、何の準備もしていなかったので、制作費の予算表を作れと言われて「どうやって作ればいいの?」となってしまいました。

――ラインプロデューサーは、制作費やスケジュール、スタッフの管理をして、現場を円滑に回すのがお仕事になります。そこで、まず、音響費用や撮影費用など新たに映像をまとめ直すための予算を決めるというようなところから仕事が始まったわけですね。

河口 それを決める立場なので。とは言え、まったくわからないのでやり方を富岡さんに聞いて、他作品の予算表を参考にして見様見真似で数字をはめていって、「これでどうですか?」と確認を取るという。音響費とかも音響監督の鶴岡(陽太)さんのところに相談に行って「映画っていくらくらいかかりますか?」と聞いて回って、そんな形でやっていった感じです。

――「プロデューサーになる」と言うと身構えてしまいそうですが、そういう意味では、制作デスクからのシフトはあまり大変ではなかったということですか?

河口 後から考えればそうですね。自分自身も『∀ガンダム』という作品は好きでしたし、富岡さんが外れて誰かがプロデューサーをやらなければならないのなら、自分がやろうと思いました。プロデューサーとしての経験は無いし、どうなるのかわからなかったけれども、何年かかったとしても完成させればいいだろうと(笑)。素人プロデューサーなので失敗して当然、最初からそういう開き直った考えでいました。制作にあたって富岡さんから「大丈夫か?」と何度か聞かれたんですが、「ナメクジみたいなスピードになっても進んでいるので、いつかは完成できます」とそんな言い方をしていた気がします(笑)。

――実際に制作も時間がかかっていた印象がありますが、大変だったのでしょうか?

河口 監督が2本分の絵コンテをあげるまでに1年近くかかりました。最初の『機動戦士ガンダム』に関して、富野監督は「TV版のときから編集版のことを意識していて、戦闘シーンを外せば映画になるように作った」と言っていたのですが、『∀ガンダム』はそれまでのガンダム作品のフォーマットから外れていて、単純に戦闘シーンを外すだけだと繋ぎにくいんです。例えば、『機動戦士ガンダム』は、ホワイトベースという基地があって、そこをお話の舞台にすることで戦闘シーンを抜いても話が繋がる。でも、『∀ガンダム』はノックス、ヴィシニティという町を中心にキャラクターが点在して生活しているので、戦闘シーンを抜くと、いきなり別の街に移動していたりすることになる。街から街への移動も簡単にできないような時代設定なので、編集版の絵コンテを作るのはかなり大変だったんじゃないかと思います。映画にすると、テレビシリーズの細かいエピソードを積み重てこその面白い部分はどうしても外れてしまいますし。でも、そんなこんなで時間がかかっても絶対に作品として完成させたいということと、アニメを作るにはそれなりのお金がかかるので、その価値観をしっかりと持とう。そういう意識で劇場版『∀ガンダム』には臨んでいました。

――先ほど、ラインプロデューサーの話が出ましたが、作品内でもプロデューサーという役職はいくつもあり、何人も関わられます。その違いというのはどのようなものでしょうか?

河口 ラインプロデューサーというのは、基本的には現場責任者。サンライズの場合、クレジットには漢字で「制作担当」と表記されることもあったようです。ラインプロデューサーは、現場の制作工程をしっかり見て、納品に責任を持つという担当者のことです。そして、サンライズにおけるプロデューサーは事業責任者ということになります。サンライズの場合、オリジナル作品は自分のところで権利を持つので、プロデューサー=事業全体の責任者という形になっているんです。プロデューサーになると対外的な仕事が一気に増えるので、その大変さがあります。アニメーション制作のスタッフ編成、作品内容に留まらず、出資者やスポンサー、テレビ局、ソフト会社などとの折衝というのが仕事に大きく入ってくるので、いちからそこも経験していかないといけなかったですね。

――一方で、製作委員会側のプロデューサーとは仕事がちょっと違うわけですね。

河口 製作委員会のプロデューサーというのは、それぞれが所属する会社としてのその作品における独自の事業があるので、その責任を持つ方々です。例えば、映像ソフトを販売するメーカーは、自社でソフトを出すので、その商売としての責任とその作品に出資した責任を持ちます。サンライズの場合は、それがアニメーション制作という部分と権利・二次利用ビジネスの両方が仕事としてあるので、その責任者になるという意味ですね。近年は委員会でアニメ製作をすることが多いので、普通の制作会社は委員会の幹事会社と向き合えばいいのですが、昔のサンライズは代理店とテレビ局、そしてスポンサーに向き合って制作していたというところがあるので、その伝統が今でも残っているのだと思います。

――そうした仕事の中で、監督や脚本家などのスタッフを決めるのもプロデューサーの役目になるんですよね?

河口 そうです。事業責任者なので予算を立てて、その作品に関わることで商売としてどれくらいお金をかけて、どれくらい利益を得るのかという計画を立てます。それを会社に承認してもらって実行する。成功すればいいし、失敗した時には赤字の責任を取るという立場ですね。そういうところを勉強しながら、劇場版『∀ガンダム』を作っていったという感じです。

(その4)に続く

 

河口佳高(かわぐちよしたか)
1965年4月8日生まれ、福井県出身。
1988年にサンライズ入社。制作進行、制作デスク、設定制作などを経て『劇場版∀ガンダム地球光・月光蝶』のプロデューサーを務める。プロデューサー作品には『OVERMANキングゲイナー』『プラネテス』『コードギアス 反逆のルルーシュ』などがある。

 


アニメ制作の裏バナシ 第1回 サンライズプロデューサー河口佳高インタビュー(その1)
アニメ制作の裏バナシ 第1回 サンライズプロデューサー河口佳高インタビュー(その2)