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【第34回】高橋良輔監督旅行記「飛行機雲に誘われて」
飛行機雲に誘われて……その34
「旅行が好きなんだねえ」
と言われた。
「えっ?」
と聞き返したら、
「飛行機雲に誘われて、見てるよ」
と言われ、あっそうかと納得したものの、意外にも自分の中に、
(旅行好きなのか?)
と言う疑問が湧いた。どういう事かというと、積極的に好きならもっと行ってるだろうし、嫌いならこんなに行かないだろうと思うのである。いわゆる"てっちゃん"ではないし、飛行機が特別好きでもない。地方の美味いものをどうしても食べたいという訳でもないし、お酒なんかも飲んだ瞬間、
(旨い、とか、まあまあ…)
とかは思うが蔵元を訪ねたいなんて少しも思わない。名所旧跡にも神社仏閣にもそんなに心が動く方でもない。じゃあなんで? と聞かれると困ってしまう。
ほかに何か好きなものがあったかなと改めて自分の胸の内を覗いてみると、うーーんと唸ってしまう。これと言って好きなことなんて浮かばないのである。まず昔からハヤリものに疎いところがある。評判のものにうまく乗れない。どなたかの有名なセリフに『今でしょ!』というのがあるが――これ位はあたしらだって知っている――知っているがいまだかつて『今でしょ!』と思ったことがない。今さらというような時節外れの頃ひょこっと気になったりすることがあるが世間はもうとっくの昔に明後日の方を歩いている。
つらつら思うにあたしらはどうも"当事者意識"と言うものが薄いらしい。友人に何か事件が起こるとすぐ現場に駆け付けたくなる男がいる。
「今見とかなくちゃあ! リョウスケよくそんなに安閑としていられるなあ」
と言われるが、世間の耳目がそこに集中しているとよけいに距離を置きたくなる。それと関連しているかどうかわからないが、あえて分かりやすい例を挙げると、まあかなり経済的に貧しい国に行ったとする。そこでの年端も行かない子供の置かれた悲惨な状況を目にしたとする。ある知人などは、
「もうあの国にはいきたくない。見ていられない。自分の子供があんな境遇に置かれたらと思うと居ても立っても居られない。辛い!」
と言うが、あたしらは案外冷静だ。そのことによってその国にはもう行きたくないという感じにはならない。目の前の現実はここの現実であり、それ以上でもそれ以下でもない、気持ちはそれ相応に揺れ動くが……つまりは当事者意識が薄いのである。飛行機に乗りこの国を出ればあたしらの日常が戻ってくる。その日常は緩慢で生ぬるく退屈でもあるが圧倒的な現実である。
どうやらあたしらは自分の日常と空の向うの世界とが繋がっている感覚に乏しいらしいのである。
日常の中であたしらが一番時間を費やすことと言ったら、ベッドにひっくり返って頭の疲れない本をダラダラ読むことかな……。そう言えば飛行機に乗って知らない国に行っての一番は、街角のカフェの椅子に座って目の前の人や車の流れをぼーーっと見ることが一番好きなのだが、これってベッドの読書と似ていないこともないかも。ベッドの読書は日常の中の日常逃避、海の外の世界はその拡大版なのかもしれない。
このほかに飛行機の中やホテルで眠れないときの為用に文庫本が必須なのだが空港で買うこともあるので7つ道具には入れなかった。
今回はとりとめもないことを書きましたが、次回は中国西安市へ兵馬俑を見に行きます。まあしかしこれって名所旧跡見物ですよね。