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2022.11.25

サンライズワールド クリエイターインタビュー 第12回
メカニックデザイナー 大河原邦男<後編>

サンライズ作品のキーパーソンとなったスタッフに関わった作品の思い出を伺うクリエイターインタビュー。第12回のゲストは、今年で画業50周年を迎える、メカニックデザイナーの大河原邦男さん。サンライズの前身となった創映社時代から作品に関わり、『機動戦士ガンダム』、『太陽の牙ダグラム』、『装甲騎兵ボトムズ』をはじめ多数の作品に関わってきた。後編では、『太陽の牙ダグラム』から始まったリアルロボット系作品の仕事や高橋良輔さん、神田武幸さんとのお仕事、勇者シリーズにいたるまでの流れなどを踏まえて、ご自身の仕事のスタンスについて語ってもらった。
 

――『機動戦士ガンダム』のヒットで、メカデザインはその後いわゆる「リアルロボットもの」が主流になっていきますが、そこにも大河原さんが重要な位置にいらっしゃいますね。


大河原 ガンプラのブームで玩具メーカーのタカラさんが焦ったんですよ。「うちもリアルなロボットものがやりたい」ということになって、そこでできたのが『太陽の牙ダグラム(以下、ダグラム)』ですね。『ダグラム』の時も、タカラさんに行って、開発者の人と一緒に、デザイン画を描いてモックアップを作ってもらって。それが、「デュアルモデル」という形で商品化されました。あの商品は、「こういうことがやりたい」という、リアルなロボットのメカニカルな感じの要素を全部取り入れてデザインをしていったのです。そして、同じタイミングでプラモデルも売り始めて。プラモデルに関しては、タミヤさんなんかと同じ国際スケールに合わせて商品化するから、そうしたスケールプラモデルを持って来てコンバットアーマーと並べてジオラマとか作ってもらえればいいと思っていたのですが、タカラさんが頑張っちゃって、コンバットアーマーが全種類に加えて、ジープやヘリコプターなんかのビークルまでみんな商品化して。
肝心のアニメ本編のお話の方は、これも子ども向けじゃなくて結構政治絡みだったりしたので、見ながら「これは受けるのかな?」と思っていたのですが、放送は1年半続いたわけだから、大成功ですよね。


――『ダグラム』の成功から、今度はよりリアルな感覚でデザインされる『装甲騎兵ボトムズ(以下、ボトムズ)』に関わられるわけですね。


大河原 『ダグラム』は成功したんですが、設定身長が9.63メートルなのですよ。かなり小さく設定したつもりだったので、当初はキャノピー越しにキャラクターが絡む演技とかやってくれるのかなと思ったのですが、実際には結構高さがあって、地面にいるキャラクターの視点で下から煽る感じだと全然そうした演技ができない。そんな形で、第1話の放送を見て、「もっとキャラクターと絡んだ見せ方ができないかな」と思って考えたのが、全高4メートルのロボット、『ボトムズ』のスコープドッグだったのです。思い付いてすぐに試作を作ったのですけれど、なかなか『ダグラム』が終わらなくて、試作だけがずっと家にある状態でしたね。


――スコープドッグは、大河原さんから「こういうメカを出したい」と提案したんですね。


大河原 私は、基本的には依頼があってデザインをするというスタイルなのですが、『ボトムズ』だけは自分の方から「やりたい」と提案しました。話をしてみると、監督の高橋良輔さんとも意見が一致したので、これだったら人間との対比がいつもできるなと思いましたね。『ボトムズ』は良輔さんがやりたいと言って、モックアップを持ってプロデューサーと話をしたら、その場で一発OKが出て。そこからデザインのブラッシュアップの作業をしていった形です。
良輔さんの方も『ダグラム』をやって、「上手くいかなかった」と思ったところがあったようで、ローラーダッシュやターンピック、アームパンチのようなギミックのアイデアを考えてくれて、私のデザインをベースにそうしたアイデアを取り入れていった形ですね。カメラのターレットも良輔さんが言ってきたもので、「顕微鏡や8ミリカメラのターレットをそのまま付けちゃっていいのか?」と、私は悩みましたね。でも良輔さんが「それがいいのよ」って言って。最終的には、自分でも満足のいくデザインが出来上がったと思っていますが、自分があれに乗って戦うかと言われるとご遠慮申し上げます(笑)。
ボトムズ』は、その後もずっと作品が続けられているので、これも成功した作品ですね。


――高橋良輔監督だからこそ自由にやれた部分は大きいですか?


大河原 あまりデザインに対して文句を言わないし、自由にやらせてもらえるのがいいのですよね。年齢的には良輔さんの方がちょっと上ですが、子どもの頃に米軍のジープを間近で見たというような共通体験もあるから、そういうところでの意思の疎通もし易かったですね。


――リアルロボット系の作品で言えば、神田武幸さんとも多くの作品をご一緒されていますね。


大河原 神田さんはメカが大好きですからね。『ダグラム』を作ったのはある意味神田さんだから。他にも『銀河漂流バイファム(以下、バイファム)』や『機甲戦機ドラグナー』、『機動戦士ガンダム第08MS小隊』もご一緒していますね。神田さんは、多摩美術大学を卒業しているから絵が描ける人で、メカやミリタリーは大好きだけど、『バイファム』みたいな作品も作れる。『バイファム』はすごく良かったですね。子どもたちが生き生きとした作品はやっていてとても充実感がある。我々は、この業界に入って、子どものために作品を作っているという思いがあったから印象深いです。


――その後、サンライズとは「勇者シリーズ」でまた長くお仕事をすることになりますね。


大河原 1988年頃にスキューバダイビングに夢中になったおかげで海ばかり行っていたら、仕事が『機甲猟兵メロウリンク』のデザインだけになってしまったのです。そんな状況の時に当時のプロデューサーで、後にサンライズの社長になる吉井孝幸さんから、『魔動王グランゾート(以下、グランゾート)』に参加しないかと声をかけてもらって。そして、『グランゾート』が終わる頃に、「10年続けられるシリーズとして、勇者シリーズをやりたい」と言われて、作品に参加したのです。最初の『勇者エクスカイザー』は単純な変形や合体だから良かったのですが、そのうちタカラさんが頑張り初めて、だんだん大変になっていきましたね。毎週、制作をしていたサンライズの第7スタジオに通って仕事をしていた感じで。その頃は、タツノコさんからも仕事が来ていたから、また大変なことになっていて。
玩具主導の作品は、スケジュールが大変で。3月くらいからデザインをスタートさせて、そこから半年で年末商戦で売られる最後のデラックスメカのデザインを終わらせる。それが終わると、来年の作品の企画がスタートするという感じで、次から次へと作業しなくちゃならなくて。そういう意味では、随分と仕事をしましたね。


――その頃は、同じタイミングで『機動戦士Vガンダム』、『機動武闘伝Gガンダム』、『新機動戦記ガンダムW』、『機動新世紀ガンダムX』とガンダムシリーズも毎年関わられて、さらに『疾風!アイアンリーガー』などもあるかと思うと、90年代前半から大量の仕事をされるようになっていましたね。


大河原 だから、あんまりアニメが好きだという人には、私のような仕事はできないですよ。デザイナーさんは、メカが好きだったりすると、みんな細部にこだわっちゃうじゃないですか。
私は、基本的には生活するためにアニメ業界に入っているので、もうやらざるを得ないのですよ。結婚式が決まって、無職じゃまずいってことでタツノコに入社していますし、その後フリーになってからは、本数をこなさないと食べていけない。そういう目的で50年やってこれたということは、一応、目的を達成できたのかなという感じはしていますね。
私自身はアニメや漫画で育ってきていないので、ある程度割り切って仕事ができたという感じはありますね。


――これだけの数をやられてきたわけですが、メカ形状や変形・合体などに関しては、どのようにアイデアを出されているのですか?


大河原 私は、仕事の中で一番ワクワクするのは、作品の企画書をもらった時なのです。企画書を読んで、提示されたコンセプトをどう料理しようかと考えるのが楽しくて。大体、企画書を読んだ瞬間に頭の中で基本的な部分ができるので、あとはそれを出しているだけ。あまり悩んだことはないのです。この仕事を50年やってきて、タイムボカンシリーズなんかをやったおかげで、いろんな引き出しが自分の中にあるから、もらった企画に対して「こんなことができる」というものがすぐに出てくるのでしょうね。


――アイデアがすぐ出るように、何か他のデザインを見たり、映画を観るなどインプットなどはされているのですか?


大河原 私は、特に何もしてないのです。何も入れてなくて。映画もあんまり見ないですし。そういう意味では、自然に出てくるという感じですよね。あとは、誰かが言ったアイデアのひと言がきっかけになることはありますね。


――50周年の仕事を振り返ると、サンライズとの仕事が多かったという印象はありますか?


大河原 自分の中での仕事の割合と言えば、やっぱりサンライズとの仕事が大きいですね。タツノコよりも多いですよ。タツノコはいろんなことを教えてもらった場所で、それを応用したのがサンライズ。もちろん、その他のシンエイ動画では『ドラえもん』の映画の方で関わらせてもらって、葦プロ『ブロッカー軍団マシンブラスター』、鳥プロの『宇宙魔神ダイケンゴー』、和光プロの『合身戦隊メカンダーロボ』など、単発の作品はたくさんありますが、サンライズはタツノコを辞めてメカマンというデザイン会社を作った時からずっと一緒にやらせてもらっている感じで。もちろん、メカデザイナーがたくさんいたら、そんなに関わることが無かったかもしれないですが、当時はほとんどいなかったわけですから。当時は、私とスタジオぬえさん、樋口雄一さん、宮武一貴さんくらいで。あとは、ポピー(バンダイのグループ会社、現在はバンダイに併合)の村上克司さんがいらっしゃったけど、村上さんは企業の方だから。それに比べるとサンライズは弱小だったので、ポピーには負けないぞという気合いはありましたね。当時はまだ若かったですし。そうした、長い付き合いの思い出はありますね。


――では最後に、今後の仕事との向き合い方などで考えていることがあれば教えてください。


大河原 今後の仕事への向き合い方などは、特に無いですね。何か大きく変えるつもりもありません。たまにうちの奥さんとも「そろそろ辞めようか?」みたいな話をすることもあるのですが、仕事を辞めるとボケてしまいそうだし、ありがたいことに今も仕事の依頼が来て、毎日仕事があるという状況は幸せですからね。わざわざ自分で区切りをつけることも無いと思っていますね。だから、自分から「引退する」とか「筆を折る」みたいなことは言わず、お仕事をいただけるうちは変わらず続けていければと思っています。

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大河原邦男(おおかわらくにお)
1947年12月26日生まれ。東京都出身。メカニックデザイナー。
東京造形大学を卒業後、アパレルメーカーを経てタツノコプロダクションに入社。『科学忍者隊ガッチャマン』でデビュー。その後、中村光毅とともに「デザインオフィスメカマン」を設立。1978年にフリーになる。
サンライズ作品では『無敵鋼人ダイターン3』、『機動戦士ガンダム』、『太陽の牙ダグラム』、『装甲騎兵ボトムズ』、『銀河漂流バイファム』、「勇者シリーズ」などがある。