サンライズワールド

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2018.04.13

【第02回】ぼくたちは人工知能をつくりたい

美少女AIの掟
  • ひとつ、美少女AIはどんなことがあっても私たちを守る。
  • ふたつ、美少女AIはどんなことがあっても私たちの願いを叶える。
  • みっつ、美少女AIはどんなことがあっても自分の命を守る。
  • ただし、掟は設定された順に優先される。ひとつ目とふたつ目が矛盾した場合、ひとつ目が優先される。
人工知能(キャラクター)を作るための五工程
  • (0)※まず仲間を見つける
  • (1)性格を決める
  • (2)容姿をデザインする
  • (3)CGモデルを作る
  • (4)「学習プログラム」と「人格生成プログラム」の実装
  • (5)ロボットのAIとキャラコン部オリジナルのAI、人間の連動訓練

第2回:部室~

「バカかお前は!」

 颯太は頭をすっぽりと覆うVR端末を頭に被ったまま、説教を始めた。

「会長の安い挑発にのって。お前はそのせいで何を失うか分かっているのか」
「仕方ないだろう。これはキャラコン部の誇りを守るための戦いなんだ」
「ホコリなどなんの役にも立たない。この遊び場を失う方がよほど大きな損失だ」
「遊び場じゃない。ここは部室。それこそ会長の批判してたことだろ」

 俺たちはキャラコン部の部室にいた。狭苦しく汗臭い室内に、スチールのラックや机が無造作に置かれ、その上にダンボールや漫画本、コンピュータとロボットに関する何世代も前の技術本が山をなし、埃を被っていた。

「批判がなんだ。見ろ、これを」

 颯太は輝くような最新機器を指差した。42インチペーパーウォール型ディスプレイ、発売されたばかりの最新ゲーム機『プレイ・プラットフォーム7』、そのソフト『ディストピア6』。専用VR端末『VR5』である。

「これらを自由に遊べる環境を失うことの意味を理解し、自分の軽率な行動を猛省し、今すぐ会長に土下座して許しを乞え!」
「もう完全にゲーム部屋だよねここ」
「何を他人事のように。お前も昨日までここでプレイしていただろう」
「それはそうだけど!」
「それより何より、お前は一度出した結論を忘れている」

 颯太はペーパーウォール型ディスプレイの脇にささっていた、灰色の大学ノートを突きつけた。

「む……」

 ノートを開き、ページをめくる。その一番最後に「熱意、アイデア、技術」という三つのワードが書かれ、赤く何重もの丸印がつけられていた。三年生が引退し、残された一年生五人のうち三人が幽霊部員と化し、我々ふたりが残ることになった時、キャラコンに参加するための条件を検討した時の記録だった。

「高校生キャラコンに出るために必要なのは、まずは参加したいという強い『熱意』。こんなキャラクターを作ってみたいという溢れるような『アイデア』。それを実現するための高度な『技術』。それらがすべて揃っていなければ、俺たちはキャラコンに参加することはできない。だから、まず、その『技術』を身につけるために『CODE BATTLER』に参加したわけだが――」

 「CODE BATTLER」とは誰でも参加できるオンラインのプログラミング・コンテストである。出された課題を早く解ければ高得点という単純明快なルール設定の競技会だ。

「結果、小学生に優勝を掻っ攫われ挫折したんだろうが」
「うるさい。それは昔の話。とにかく俺はキャラコンに出るんだよ!」
「だからどうやって?」

 颯太は俺の鼻先にノートを突きつけた。熱意、アイデア、技術の文字が目に飛び込んでくる。

「この三つがなければ俺たちはAIを完成させることすらできない。特に『技術』。これをどうクリアするつもりだ」
「ふふ……颯太。舐めるなよ。これを見ろ」

 かばんから一冊のテキストを取り出した。名著の呼び声が高い、「はじめる! AIプログラミング」である。生徒会室を出た足で、そのまま近所の書店でこれを買い求めたのだった。

「今日からこれを始める」
「愚かなり、ハルよ」

 そういうと、颯太は机の下から一冊の本を引っ張り出した。それは俺が買ってきた本と全く同じものだった。

「え? なんで同じのが?」
「『CODE BATTLER』に参加するときにお前が買ったんだろうが」
「あ……」

 そうだった。買った後ろくに開くこともなく、そのまま部室に放置していたんだった。

「参考書と同じだ。お前は金を出して、自己満足を買っているに過ぎない」

 その指摘は図星だったけれど、進退維しんたいいこれきわまっていた。

「颯太、今回は違う」
「その台詞、一万回は聞いたぞ」
「今回こそは本当に違うんだ」

 棚の中に放り込んであったノートパソコンを引っ張り出した。

「また写経を始めるつもりか?」
「そうだ」

 写経とはテキストのサンプル・コードを自分の手で書き写し、実際に動かしてみることである。

「やはりいつもと同じじゃないか」
「しかし俺の覚悟は別物だ。颯太、お前もやろうぜ」
「断る。俺にはネットで待っている部下がいるんでな」

 そういうと、颯太はプレイ・プラットフォームの電源を入れ、ディストピア6をプレイし始めた。颯太はそのコミュニティ内で「軍曹」と呼ばれていた。颯太の指揮の下、敵と戦う屈強な戦士たち(もちろんゲームプレイヤー)が待っているのだ。
 こうして颯太にも見放された。
 いいだろう。たとえひとりでも最後まで戦い抜く覚悟だ。もう誰にも冒涜などとは言わせない。

 

 俺には歳の離れた姉がいる。その姉、浜松遥はままつはるかは現在、旦那と今年生まれたばかりの子供と、サンフランシスコで暮らしている。俺はその姉に、キャラコン部の先行きについて相談をすることにした。

「どうしたの、珍しい」

 姉は子供をあやしながらビデオ電話に出た。

「うん。ちょっと相談したいことがあって」
「もしかして、好きな子でもできた?」
「違うし。だとしても相談しないし」
「なんだつまらん。もう切るわ」
「ちょっと待て」
「じゃあ何」
「キャラコン部の話、聞かせて欲しくってさ」
「キャラコン部?」

 姉は藤蔓高校卒業生にして、キャラコン部創立メンバーのひとりであった。十年前、姉は高校生キャラコンを制していた。一年目で部を作り、二年目でチームを鍛え八位入賞、三年目で雪辱を果たし優勝という夢のような成功譚は、小さい頃からの憧れだった。
 遥のようになるんだ。
 それが、キャラコン部に入った理由のひとつだった。
 かいつまんで、現在、キャラコン部が置かれている状況を説明した。ひとりで参加しなければならないこと。アイデアも技術も足りないこと。学生キャラコンに参加できなければ廃部になること、などである。

「ハル、そりゃお手上げだわ」

 遥は即、さじを投げた。

「何だよお手上げって。そりゃないだろ」
「しょうがないでしょ、事実なんだから」
「いやいや。参加くらい、どうにかすればできるだろ」
「何言ってんの。あんた学生キャラコン舐めすぎ。毎日やってるアルゴリズムとかゲームAIとかCTFの大会とはわけが違うんだよ。あんたが出ようとしてんのはいわばインターハイ。ろくに球投げたこともないのに、甲子園行きたいって言ってるようなもんだからね」
「分かってる。それでも出なくちゃならないの。ていうか、CTFって何?」
「自分で調べなさい」

 姉はぴしゃりと言った。

「それに私のいた頃のキャラコン部の話は参考にならないと思うよ。大会だって始まってまだ二、三年ってところだったし。部を作ったのだって、スキルの高い仲間がたまたまクラスにいたからだし。もしひとりだったら優勝なんて絶対不可能。ていうか、エントリーすらできなかったと思う」
「そんなに大変なの?」
「当然でしょ」

 姉がそういうと、子供がわっ、と泣き出した。

「ああ……ごめんね。大きな声出して。よしよし」

 姉は子供をあやし始めた。

「とにかくあんたのやろうとしていることは全然簡単じゃない。ていうか、ひとりじゃ絶対に不可能。まずは一緒に戦える仲間を探しなさい」
「仲間」
「じゃあまた何かあったら電話して。それじゃ」

 姉はまくし立てると、通信を切った。

「仲間……」と、俺は繰り返した。

 そんな優秀な仲間がいれば、最初から苦労などしていない。
 スマートフォンのアドレス帳から、「キャラコン部」のタグのついたアドレス帳を引っ張り出した。卒業した先輩たちを除くと、同級生は俺と颯太とあと三人。まずは彼らに当たってみるしかない。

 

 去年の秋、三年生が引退するまで、一年の部員は五人いた。颯太と俺、そして宇野、左近、中岡の三人である。その三人は今も部員として登録されてはいるものの、今では名義貸しの幽霊部員になっている。
 昼休み、A組の宇野と左近を訪ねた。ふたりは小学生からの親友同士で、いつも一緒に行動している。
 A組の前には人だかりができていた。覗き込むと、廊下側の席に、金髪の美少女が座っていた。
 その瞬間、目を奪われた。
 小柄だが、すらりとした女の子だった。肩の下まで伸びた、軽くウェーブのかかる金色の髪。白い肌と、好奇心に満ちたくりくりとした大きな瞳。その少女を囲むようにして、大勢の生徒たちが寄り集まって話しをしていた。女の子はそのひとつひとつに感じよく、丁寧に返事をしていた。穏やかな微笑みを浮かべて話を聞く彼女は、大人びた感じと、子供のような人懐っこい感じが同居していた。そこにいるだけで周りの空気を変えてしまう。そんな華やかさがある。さすが噂されるだけのことはある。もしもこんな子がクラスにいたら、毎日がなんだか楽しくなるかもしれない……そんなことを考えながら、しばし惚けた。そして、はっと我にかえった。
 本題を思い出した。
 教室の隅に目をやった。ふたりの男子生徒が談笑している。
 宇野と左近である。

 

 高校生キャラコンを目指す。だから協力してほしい。そう説得した。
 だがふたりとも乗り気ではなかった。

「そんなこと言われても」
「ね」

 そう言って、ふたりは顔を見合わせた。

「そこを何とか。頼む!」

 宇野と左近はプログラミングの知識があった。去年の秋頃まで、ふたりは「CODE BATTLER」に出入りしていて、そこそこの結果を出していた。

「俺たち、今はCTFで忙しいんだけど」と、もじゃもじゃ頭の宇野は答えた。
「出たCTF」

 昨日、姉が言っていたヤツだ。

「何だよ出たって」

 宇野は怪訝な顔をした。

「いやこっちの話。ていうかCTFって何?」
「Capture The Flag。要するに陣取りゲームだね」

 小柄で髪の長い左近が答えた。

「相手のサーバを攻撃して、そこから旗を奪い取るんだよ。ハッカー大会みたいなもん」
「そんなのがあるんだ」
「うん。毎週末オンラインでフェスが開かれてんの」
「バトラーはアルゴリスム、CTFはセキュリティがテーマって感じかな?」
「というわけだからパス」
「ちょっと待て!」

 ふたりは話を打ち切ろうとしたが、こちらも簡単に引き下がるわけにはいかない。

「そこを何とか。キャラコン部は今、廃部の瀬戸際なんだよ」
「だから、そう言われてもねぇ……」

 宇野と左近は困り顔である。

「ハル。気持ちはわかるけどさ。今からキャラコンに出るってことがどんだけ大変か分かってんのか?」と宇野は言った。
「他校の奴らは半年以上かけて準備を進めてる。それがお前は三カ月でやろうっていうんだ。もしやるんなら、軽い気持ちで引き受けられるもんじゃない」

 そして、宇野はこう続けた。

「正直、今のキャラコン部のためにそこまで頑張れる気がしないわ」

 

 続いて中岡に会った。中岡はキャラコン部の紅一点。唯一の女子部員だった。数学の得意な彼女はアルゴリズムの大会に出たこともあった。少しは可能性があるかもしれないと内心期待したが、その返事はつれなかった。

「受験勉強で忙しい」

 その一言で撃沈した。

 

 打ちひしがれ、部室に戻った俺を迎えたのは、VR5を被った外ケ浜颯太であった。壁にかけられたモニターには、颯太がプレイ中の動画が映っていた。
 暗雲立ち込める廃墟と化した東京の街に、キラキラと輝く人型の機械が隊列を組み闊歩かっぽしていた。その機械の化け物、機械生物は銃を手に、逃げ惑う人間の背中に向かって照準を合わせた。機械生物が引き金を引こうとするか否かという瞬間。「待て!」その声とともに、機械生物の背後、漆黒のアーマーをまとった四人の兵士たちが現れた。兵士たちは銃やナイフ、グローブ型の武装で次々と機械生物たちをなぎ倒す。それこそ颯太が率いる、第六七特殊部隊であった。

「呑気なもんだ」

 そうぼやきながら、机の上に置かれた灰色の大学ノートを開いた。「熱意、アイデア、技術」の文字が目に飛び込んできた。そのページの空白に、キャラコンに参加するための五工程と、姉から聞いた「まず仲間を見つけること」というアドバイスを書き込んだ。

「どうすりゃいいんだ……」
「何を嘆いているのだハル」

 休憩に入った颯太はVR5を脱ぎ、机の上に置かれていたパックのレモン・ジュースを飲んだ。

「颯太、やっぱりプログラム書いてみない?」
「断る」と颯太は取りつく島もない。
「だよなぁ」
「おいおいハル。昨日写経を始めたばかりだろう。もう諦めたのか?」
「昨日姉さんに相談したんだ。どうすればキャラコンに参加できるかって」
「何と言っていたんだ?」
「ひとりじゃ絶対無理だから仲間を見つけろって。だから今日、宇野と左近と中岡に会ってきた」
「ほう。で、どうだった?」

 俺は首を振った。

「宇野と左近はハッカー大会にハマっててさ。もうキャラコン部なんか興味ないって。中岡は受験勉強で忙しいってさ」
「なるほど」
「あいつらキャラコン部のためには頑張れないってさ」

 三カ月の間、人生をドブに捨てるくらいの気持ちでやって、参加できるかどうかわからないのが高校生キャラコン。そんなバカに付き合ってくれる、バカの中のバカ。そんな奴を探さなきゃいけないなんて、いきなりお手上げじゃないか。

「ああ、一体どうすりゃいいんだ」
「知らん」

 颯太は俺の盛大な嘆きを一言で切り捨て、再びVR5を被った。

「冷たッ! お前も無関係じゃないんだぞ? 部室がなくなるんだぞ?」
「確かにそうだが、ここでなくともゲームはできる」
「薄情者!」
「昨日はひとりでやると意気込んでいただろう」
「昨日は昨日。今日は今日!」

 そんな言い合いをしていると、こんこん、と誰かが部室の扉を叩いた。
 俺は扉を見た。
 こんこん、再びノックの音。
 その音に、震え上がった。
 この部室に誰かが訪ねてくるなんてありえない。我らキャラコン部の部室は文化芸術棟と名付けられたにも関わらず、文化も芸術も全く感じさせることのない四角い直方体のコンクリート造二階建ての建物の中にあった。年中薄暗くカビ臭い部室棟の一階の一番奥がキャラコン部の部室である。偶然その部屋に辿り着くことのない場所だ。
 つまり、この来訪者は何らかの意図を持ってこの部室にやってきた、ということになる。
 抜き打ち検査かもしれない。マズい。部屋にあるペーパーウォール型ディスプレイ、プレイ・プラットフォーム7、VR5は学校に持ち込みを禁止されている。早く隠さなければ。
 颯太をみた。颯太はディストピア6を再開していた。「颯太」俺は小声で呼びかけ、その肩を揺すったが「邪魔をするな」と邪険に振り払われた。ゲームなんかしている場合ではないというのに! ならば最終奥義、強制終了電源落としを使うしか……だが、そんなことをすれば颯太は烈火のごとく怒り、持ち込んだ機器の数々を隠すどころではなくなるに違いない。
 こんこん、と三度目のノックの音。

「むう……」

 しかたない。肚を据えた。
 ゲーム機を隠すことはできない。ならば、この部室を覗かれることなく、この抜き打ち検査を切り抜けるしかない!

 

 部室の扉を開けた瞬間、胸中に満ちていた覚悟が一気に霧散した。
 廊下には、あのA組の金髪美少女転校生が立っていたのである。

「こんにちは」

 転校生はにっこりと微笑んだ。
 俺は幻を見ているのだろうか? 薄暗い廊下すら華やいで見えた。こんな美少女がキャラコン部に来られるはずがない。前部長は言っていた。文芸棟の入り口には陽の当たる場所で生きる者には決して越えられない結界が張られていると。

「あの……キャラコン部ってここでいいんですよね」

 その美少女はすっかりかたまってしまった俺を怪しんだようだった。俺はなんとか正気を取り戻し、喉から声を絞り出した。

「ああ……そうだけど……」
「よかった! 間違ってなくて」

 美少女は弾けるような笑顔を浮かべると、こう続けた。

「私、入部したいんです」
「え?」

 俺がぽかんとした顔をしたからだろうか、美少女はもう一度はっきりとした言葉で、こう繰り返した。

「私、キャラコン部に入りたいんです」
「し……」

 言葉に詰まった。

「……少々お待ちください」

 扉を閉めた。

「颯太、颯太!」
「邪魔をするな」

 再び颯太にしがみついたが、邪険に振り払われるばかりであった。銃を持った機械生物が波のように押し寄せる中、颯太はボクシング・グローブのような近接特化型の武装で、次々と敵を粉砕している。
 援護なし。準備なし。俺はたったひとり、金髪美少女転校生と戦わなければならないらしい。何か使えるものがないか、部室を見回した。汚い机の上にはチラシや漫画、雑誌、部室の奥から発掘された過去の部員の残した遺物(エロゲーのパッケージ)が山積みにされていた。長椅子の上には薄汚れた巨大なクマのぬいぐるみが座っている。これも先輩が残していったゲームセンターの景品だ。ゴミ箱にはコンビニの弁当の空き殻や、菓子の袋がごちゃごちゃと突っ込まれている。
 使えないものしかない!
 この部屋に可憐な美少女が訪ねてくるなんて、まったく想定されていない。それどころか入部をしたいだなんて!

「あのー」美少女が扉の向こうから声をかけてきた。
「は、はひ!」変な声が出た。
「開けていいですか」

 だめだと言う前に、美少女は扉を開けた。その瞬間、机の上にあったエロゲーのパッケージをゴミ箱の中に叩き込んだ。最低限の防衛措置である。美少女は怪訝な顔をしたが、曖昧な笑みを浮かべるしかない。

「ふぁうおぉぉぉ!」

 背後で颯太が奇声をあげた。俺と美少女は同時に声の方を振り返った。銃を持った機械生物の群れが空を浮遊し、街に絨毯爆撃を開始したところだった。颯太は建物に設置された高射砲に乗り込み、敵に向かって乱射していた。

「あは、あはは……はは……」

 俺の誤魔化し笑いはすぐに力なく消えた。
 すると少女はじっとモニターを見つめて、言った。

「これって、『ディストピア6』ですよね?」

 少女はゲームのタイトルを言い当てた。

「発売したばっかりですよね?」
「あ……うん」
「私もやってみたいです!」

 少女はその大きな瞳をきらきらと輝かせた。

「え、あ。うん……」

 よく分からない展開に頭がついていかず、曖昧な返事をするしかない。

「いいんですか!?」

 少女は興奮気味に言った。

「あ、あぁ。たぶんね」
「ふぅ……また人類を危機から救ってしまったな」

 そう言いながら、颯太はVR5を脱いだ。モニターの中には破壊された機械生物がばらまかれ、その山の上に武装をした四人の戦士たちが立っていた。どうやら勝利を収めたらしい。

「む? 誰だ」

 颯太は乱れた髪を直しながら聞いた。

「颯太、こちらは入部希望者。えーと、名前は?」
「美作と言います。美作美雨みまさかみうです。よろしくお願いします」

 美作美雨はぺこりと頭をさげた。そして、顔をあげ屈託のない笑みを浮かべた。

 

 美作はVR5を被り、ディストピア6を始めた。モニターには美作の視界が映っている。廃墟の空に《READY?》と開始前の合図が表示されていた。
 俺たちは長椅子の上のクマを部屋の隅の段ボールの上に放り出し、居場所を確保して、美作のプレイを観戦することにした。

「無防備な女子高生の太ももを眺め放題だな」

 颯太は出し抜けに言った。

「おい、聞こえたらどうすんだ!」

 俺は小声で叱責する。

「案ずるな。VR5のヘッドフォンを、外部の音を遮断するよう設定しておいた。その美少女に俺たちの声は聞こえない」と颯太は余裕である。
「早く言え。心臓に悪いわ」
「肝の小さい男だ。もっと大きく構えろよ。俺のように」

 そう言って、颯太は大仰な仕草で足を組んだ。

「威張るな、変態が」

 小柄な金髪の美少女はコントローラーを手に、VR5を被った頭をきょろきょろとさせて、「すごい……」とため息交じりの声を漏らした。
 初めてディストピア6を見た時、その映像クオリティに俺たちも息を飲んだ。いま、彼女の眼には全方位、廃墟と化した東京が見えている。プレイ・プラットフォーム7に積まれたグラフィックボードは、現実と遜色のない映像を生み出すことが可能だ。

「入部希望者だって?」
「ああ」
「この時期に? なぜだ」

 すでに五月も半ばにさしかかろうという時期だった。新歓シーズンは終わり、一年生たちはすでにゴールデンウィーク明けから部活動を始めていた。

「転校生だよ」
「ああ、噂の」

 と、颯太も状況を察したようだった。

「なるほど。それで合点がいったな。要するにこの子はキャラコン部の実態を知らないわけだ」
「む……」
「哀れだな。この子は本当にAIを作りたくて、この部に来たに違いない」
「哀れとか言うな」
「この美少女が実は天才ハッカーとかいう設定であることを期待しよう」
「設定とか言うな」
「もしそうなら、今のお前が抱えている問題が一気に解消する」

 颯太の言うように、美作がひとりでAIを作れるほどの実力を持っていたとしたら?
 高校生キャラコンに出られる上に、廃部をまぬがれ、さらに美少女と一緒の時を過ごす機会まで得られるではないか!

「ああ!」
「どうした」颯太は不思議そうな顔をした。

未曾有みぞうの大チャンスだ!」
「何を夢見ているんだお前は。このクソみたいな部室でこんな美少女ときゃっきゃうふふしながら楽しくAIづくりができたらいいな~なんて夢見てしまったのではないだろうな」
「……いや、思ってないけど?」
「思っただろ」
「いや、ちょっとだけね。でも悪いかよ。俺はキャラコンに出るためにこの部に入ったの。なのに廃部だの仲間見つけろだの不可能なことばっかりで正直頭抱えてたの。そこに同じ夢を持った仲間が来てくれたんだとしたら、そりゃはしゃぐでしょ!」
「何が仲間だ」

 そう言うと、颯太は机の上の「はじめる! AIプログラミング」を拾い上げた。

「お前は誰かに頼ろうとしているだけじゃないか」
「う……」

 まったくその通りだった。
 その事実を知って、去っていく美作の姿が瞼の裏に、はっきりとみえた。こんな美少女がやる気のない部員の寄せ集めであるキャラコン部に入るはずがない。

「そうだよな……」

 絶望する俺の背中に、颯太はそっと手をおいた。

「ハルよ、案ずることはない。我々がすべきことは何か教えてやろう。それは人工知能を壊して、世界を救うことだ」
「いやそれ『ディストピア6』の話。壊してどうすんだよ。俺たちは作るの。だからキャラコン部!」
「違うな。俺たちは人類を支配するキャラクターとコンバットする部、略してキャラコン部だ」
「勝手に変えるな」
「この子を引き込みたいのなら、一緒に人工知能を壊しませんかと言えばいい」
「作りに来た子にどんな勧誘?」

 そんな与太話をしていると、モニターの中で爆発が起きた。美作は口から紫の光線を吐く、トカゲ型機械生物と戦っているところだった。

「あれ? このトカゲって……」

 颯太は、あんぐりと口を開けた。

「バカな……この短時間でそのルートに辿り着いたというのか……?」

 そのトカゲは隠しルートにいるボスだった。
 美作がVR5を脱いだ。頭を左右に振ると、長い金髪がふわりと揺れた。

「最高ですね、このゲーム。私、絶対買います!」

 そう言って、美作はにっこりと笑った。

「貴様ぁぁぁ! 一体どんな手を使った!?」と颯太は美作に詰め寄った。
「えええ?」と美作はたじろぐ。
「どうやってトカゲに辿り着いたと聞いている」
「普通にクリアしただけですけど」
「ソロプレイモードで一度も敵の攻撃を受けず、かつひとりも民間人の犠牲者を出さず、最後のポイントまで辿り着いたものだけがこのルートに入れるんだぞ」
「ええ。ですから、ノーミスでこのルートに入りました」
「なんだと……!」

 颯太はへなへなとその場にへたり込んだ。

「だ、大丈夫か?」

 心配する俺をよそに、颯太はぎろりと美作を睨んだ。

「……その余裕、俺への挑戦と受け取った!」

 美作に対抗意識を燃やした颯太は、再アタックを開始した。
 今度は美作と長椅子に座って、颯太のプレイを観戦することになった。

「外ヶ浜さんってディストピア6、すっごく好きなんですね」と、美作は無邪気な感想を述べた。
「あ、ああ……」

 と、俺は変な汗をかきながら答える。

「どうしました?」
「な、何でもない」

 長椅子に座っている美作とどれくらいの距離を保てばいいか分からないだけだ。

「VR5でゲームしてる時って隙だらけですね……素の私が出てませんでした?」
「大丈夫だったと思うけど」

 颯太はワァワァ喚きながら銃を乱射していた。清々しいまでの本能剥き出し完全無防備である。

「ところでハルさん」
「ん?」
「ハルさんたちが作っているAIはどこにあるんですか」
「えッ!?」いきなり本題が来た。
「それは、まだ設計中で……」と俺は誤魔化そうとした。
「そうなんですね。じゃあ、工程表は?」
「いや……まだアイデアを練ってる段階で……人に見せられるようなものじゃないんだよね……」
「そうなんですね。ちなみにどのプラットフォームでエントリーするつもりなんですか?」
「プラットフォーム……? えーと……」

 美作は大きな瞳で俺を見つめた。こんなきらきら輝く瞳に見つめられたら、嘘をつくこともできない。かといって、正直に事実を告白し、彼女をがっかりさせるなんて、もっとしたくない。いきなりの八方塞がりである。

「美作君」

 美作は颯太の方を見た。俺は暴力的なまでの視線の圧から解放され、ホッと胸を撫でおろした。

「負けたよ……完敗だ……」

 無駄にイケメンの眼鏡は、塩をかけられた青菜のようにしおれていた。
 モニターに映っているプレイヤーのライフの残りは99%。ステージ最終盤で敵の弾丸が掠ったらしい。この小さなミスひとつで隠しステージへの扉は閉ざされる。美作はそのミスすら犯さず、しかも初見でステージをクリアしていた。おそるべき才能である。
 颯太はすっと、美作に手を差し伸べた。

「ようこそ、キャラコン部へ」
「ありがとうございます」美作は颯太の手を取り、硬く握り合った。
「君にはこの部の真実を教えよう」
「真実? 何ですか?」

 美作は不思議そうな顔をした。

「ちょっと待て!」

 俺はふたりの間に割って入った。

「何だ」

 颯太を引きずるようにして部室の隅まで行くと、美作に聞こえないように小さな声で会議を始めた。

「お前、何考えてんだ」
「簡単だ。人工知能とコンバットするためには彼女が必要だ」
「コンバットじゃない。コンテスト!」
「どっちでもいいだろう」
「良くないよ。うちはキャラクター・コンテスト部!」

 颯太は小さく頭を振った。

「我々にはAIを作るための熱意もアイデアも技術もない。まずはそのことを正直に伝えよう。そうでなければフェアじゃない」
「なんでフェアとか言いだしてんだ。らしくもない」
「驚愕の事実を知ったらどのようなリアクションをするか見ものだな」
「お前面白がっているだけだろ」
「違う。悪ノリだ」
「同じじゃねーか」
「そういうことでしたか……」

 いつの間にか美作が俺と颯太の隣にいた。

「聞いてたの!?」
「聞こえたんです。こんな狭い部室で密談なんかできるはずないじゃないですか」
「当然だ。バカなヤツだ」と颯太も美作側に立った。
「いや、お前こっち側」
「やっぱり噂通りでしたね」と美作は言った。
「え。噂って?」

 俺たちはきょとんとする。

「キャラコン部は十年前のラッキーな全国制覇のおかげで何となく存続しているだけ。その実態は廃部寸前、部員の数は校則で決められている五名となっているが、そのうち三名は名義貸しの幽霊部員。実働しているのはふたりで、その活動内容は部室でのゲーム。部員はただのゲーマーという噂です」
「驚いた。まったくその通りだ」

 颯太は目を丸くした。

「いやその通りだけれども。ていうか、そんなこと言われてんの俺たち」
「はい」
「マジかよ」

 少しだけ傷つくじゃないか。

「でも、この部がこうなるまでには、色々あったんだよ?」
「色々ってなんですか?」と美作は邪気のない瞳で聞いた。
「それは……」
「何が色々だ。ただサボっていただけだろうが」と颯太は言った。
「サボっていたわけじゃないから。『CODE BATTLER』にも出たし。プログラミングだって始めたし」
「始めたのは昨日の話だろ」
「そうかもしれないけど!」
「まあまあ落ちついてください。色々事情はおありでしょうが、むしろ好都合です」

 そう言って美作はにやりとした。

「は?」

 俺たちは揃って声をあげた。

「おふたりに聞きます。AIに興味はありますか?」
「そりゃあもちろん」
「俺はないな」と颯太。
「ないのかよ! じゃあなんでここにいるんだよ」
「お前がゲーム部屋として使えばいいと言ったからだ」
「言ったけれども。部員がいなくて仕方なく!」
「AIなどに興味はないね」

 信じられないバカである。そのバカに、美作はこう聞いた。

「颯太さん、なんで私はノーミスでクリアができたか分かりますか?」
「何?」
「私は第一ステージのゲームAIがどんな動きをするのか知っていたんです」

 美作の言葉に颯太の顔が引きつった。

「なんだとッ……!」
「私はゲームがうまいんじゃないんです。ディストピア6に使われているゲームAIのことを知っていただけなんです。でも、それを知っているのと知らないのとでは、プレイが全く違ってきます。それでも颯太さんはAIに興味がないとおっしゃるのですか?」
「まさかそのAIの仕組みを知る猛者だったとは……完敗だ」

 颯太はがくりと膝をついた。

「……って話が逸れまくってんだけど。『キャラクター』のAIに興味があるかって話だろ。ディストピア6とキャラコンのAIは全く違うものじゃない」

 どちらもAIと呼ばれているものの、その仕組みは全く違う。
 とはいえ、どう違うのか詳しく説明はできないのだけれど。

「わかっています。でも、興味があるなら入口はどこでもいいじゃないですか。ハルさん、颯太さん。私はこれを作りたくてここに来たんです」

 美作はポケットからスマートフォンを取り出した。その画面にはCGの女の子が映っていた。女の子は「こんにちは!」とこちらに向かって天使のように微笑んだ。

「コミュニケーション・タイプの人工知能です。かわいくないですか?」

 確かにかわいかった。
 だが、こんな美少女の前でカワイイなどという単語を安易に口にしていいものなのだろうか。

「国宝級のカワイイ笑顔だな」

 俺の葛藤などつゆ知らず、颯太はきっぱりと答えた。国宝級のバカな答えである。

「ですよね!」

 美作は満面の笑みを浮かべた。颯太の答えで正解かよ!

「この笑顔は曜変天目ようへんてんもくにも劣らない素晴らしさだ」
「なんで焼き物と女の子の笑顔を比べるんだよ」
「ようへん……なんですか、それ?」

 曜変天目とは、玉虫色に輝く茶碗のことだ。美作は颯太流のボケについていけないようだった。俺は一度そのネタの解説を受けていたので、なんとかついて行くことができたが、そもそも、解説されなければわからない時点で、ボケとして成立していない。

「とにかく素晴らしいということだ」

 颯太は適当な解説を付け加えた。

「私もそう思います。私はこれを超えたいんです。私だけの美少女が作りたいんですよ」
「美少女」

 俺と颯太は同時に声をあげ、思わず顔を見合わせた。

「なんで?」
「かわいいからです」
「そうじゃなくて」
「じゃあ何でふたりはゲームが好きなんですか」
「俺の人生そのものだからだ」

 颯太は堂々と言い切った。

「私もです。私の人生には理想の美少女が必要なんです!」

 美作も清々しく切り返した。
 もしや。
 この子も同類なのか。

「でも作るためには技術がいるよね。何かできるの?」
「できません」

 美作はまたも清々しく言い切った。

「これから勉強しようと思います」
「それ俺も百回くらい言ってるヤツ」
「そんなことより、どんな美少女を作りたいかのほうが大事です。これを見てください」

 美作は一冊のノートを取り出した。
 そのノートの表紙には「YOME NOTE」と書かれていた。

「何でヨメノート?」
「そこは気にしないでください」

 ノートの最初のページには「美少女AIの掟」なるものが記されていた。

 

 ひとつ、美少女AIはどんなことがあっても私たちを守る。
 ふたつ、美少女AIはどんなことがあっても私たちの願いを叶える。
 みっつ、美少女AIはどんなことがあっても自分の命を守る。
 ただし、掟は設定された順に優先される。ひとつ目とふたつ目が矛盾した場合、ひとつ目が優先される。

 

「これでどんな美少女を作るつもり?」
「まず胸の大きさはこれくらいだろう」

 颯太は手元にあった雑誌のグラビアページを見せた。

「なんで胸から入るんだよ」
「じゃあ尻から入れば満足か」
「そういうことじゃない」
「じゃあどこだ。目か鼻か口か」
「そうじゃないだろ。大切なのは中身だよ」

 はっ、と颯太は鼻で笑う。

「ハル。いい格好しようとするな」
「してないし」

「中身などというのはごとよ。まずは見た目で判断するのが人のさが。どんなにかわいい行為でも、ブサイクな生き物が行えばただただ不快。その真実を押し隠し、金髪美少女の前で点数稼ぎとは。お前の浅ましさには反吐が出るわ!」
「中身って言っただけで、そこまで言われるの!?」
「私は気にしませんけど。中身でも見た目でもどちらでもいいですよ」
「そういうもの?」
「だって、私の美少女は中身も外見もパーフェクトになるんですから。最終的には一緒です」
「いや中身から入るか外見から入るかじゃ、全然違うと思うんだけど」
「なぜだ」

 颯太は首をひねった。

「そういうもんだろ」
「美作君、分かるか?」
「全然分かりません」

 美作も首を捻る。

「お前ら何なんだよ。考えてもみろよ。完璧なAI美少女が完成したときに『どんな願いを込めて作ってくださったんですか』って聞かれたらなんて答えるつもりなんだ」
「『見た目重視』」
「なんか人として最低じゃない? その答え」
「そんなことありません。喜ぶと思います」
「なんで喜ぶんだよ」
「だってそこにはきちんとした願いがあるんですから。『みんなから愛されて欲しい。そう願って、あなたは世界で一番かわいく作られたんだよ』と言われたら、喜ばしいことなんじゃないでしょうか」
「む、なるほど……」美作の言葉には説得力があった。
「その通り。モノは言いようだな」
「お前の一言でフォロー台無し」
「人間正直が一番だ」
「でも『見た目重視』はあんまりだ」
「じゃあ『男が好きそうな姿にした』と言えばいい」
「もっと悪いわ」
「それについては私も賛同しかねます。見た目っていうのはそういうことじゃありません。老若男女、万人に好かれなければ完璧とは言えません」

 どうやら美作と颯太の間でも意見の違いがあるようだ。

「なるほど。では『男にも女にもモテる最強のモテカワルックにした』と言えばいいわけだな」
「違います」
「ファッション誌のキャッチか」しかも、ずいぶんと安っぽい。
「ちょっと話が脱線しまくってしまいましたけど。中身が大事というハルさん、その心は?」
「え……それは……優しくて、健気で、人のことを思いやれる……AIがいいからだよ」

 俺はへどもどしながら答える。

「なんだそれは。お前の理想の彼女か?」
「う、うるさい! 違うわ!」
「理想の彼女なら現実で探せ」と言う颯太に、美作は口を挟んだ。
「颯太さん、それは違いますよ。現実には存在しない理想の女の子だからこそ、作る必要があるんです」

 颯太はその言葉にはっとした。

「確かにその通りだ……それに、ハルがそんな理想の女に愛されるとは限らない」
「一言余計なんだよ。で、そういう美作はさっきの美少女AIを超えたいって言ってたけど。どんなAIが作りたいんだ?」
「ふふふ……よくぞ聞いてくださいました。次のページをめくってください。ここに私の理想のすべてが書いてあります」

 ノートのページをめくると、箇条書きでページがびっしりと埋め尽くされていた。

「す、すごいな……」

 俺はその熱に圧倒された。

「ほほう、興味深い」

 颯太はノートに目を通しながら、にやりとした。

「名作と呼ばれるギャルゲーをクリアし、理想の女のパターンを知り尽くしたこの俺が君の嫁を評価してやろう」
「半端なく上からだな! そして知識がギャルゲー」
「いいでしょう。勝負です」
「おいおい。何でそうなるんだよ……」

 ふたりがバチバチと火花を散らし始めたところで、チャイムが鳴った。

「あ……下校時間……」

 いつの間にか、窓の外が暗くなっている。美作がやって来てから随分時間が経っていたらしい。全然気づかなかった。

「勝負は明日に持ち越し……ってことになるのかな?」

 しかし、ふたりは承服しなかった。

「このままでは終われませんね」
「そうだな」
「ハルさん。この後、お時間いただいていいですか」

 その言葉には有無を言わさぬ圧があった。

「お、おう……」
「美作君、家はどこだ」
「電車で二駅のところです」
「ならば駅前のファミレスでよかろう。いくぞ!」

 ふたりは同時に机の上のカバンを手に取り、部室の扉を開けた。

「行きますよ、ハルさん!」
「あ……はい」

 カバンをとり、ふたりの後を追いかけた。あの日、俺たちはどうかしていたに違いない。何しろ終電間際まであるべき理想の美少女AIについて、激論を交わすことになったのだから。

(つづく)

著者:穂高正弘(ほだかまさひろ)

キャラクターデザイン:はねこと

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