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- インタビュー
サンライズワールド アニメ制作の裏バナシ
第3回 おっどあいくりえいてぃぶ 代表取締役/プロデューサー 古里尚丈(その1)
サンライズにおけるアニメ制作現場の話をお届けする「アニメ制作の裏バナシ」。第3回に登場いただいたのは、現在サンライズワールドTOKYOで開催中の「Y2Kサンライズメカ展」に、製作に携わった4作品がラインナップされている古里尚丈プロデューサー。まずはプロデューサーになるまでのお話を伺った。
――まず、アニメのお仕事に入ったきっかけをお伺いできますか。
古里 21歳当時、日本アニメーションに入社し、10分くらいの(幻の)パイロットフィルム『超人ロック』の制作進行に携わったのが始まりです。そして、合作『不思議の国のアリス』、劇場版『超人ロック 魔女の世紀』、TVシリーズ『ミームいろいろ夢の旅』を経験したあと退職し、出来たてほやほやのスタジオジブリに入社、劇場版『天空の城ラピュタ』の制作進行をやりました。
その後、25歳の7月にサンライズに入りました。最初の仕事は10月新番だった『ミスター味っ子』で、デスクの古澤(文邦)さんから「古里くんよろしく頼む」と言って、コンテとカット表を手にしました。いろんな意味で恐ろしいのが、それがなんと第1話のものだったんですね。「ちょっと待ってください2か月半で作れってことですか」って言ったら「そうだ」と(笑)。当時、第7スタジオの『ミスター味っ子』班は、長谷川(徹)プロデューサーの下にデスクの古澤さんがひとりで、なんと制作進行がいなかったんですね。僕は経験者として入ってきたので、第1話をやったというわけです。ちなみに、第3話、第6話のコンテも合わせてもらいました(笑)。
そして『ミスター味っ子』で最初の1年は制作進行、50話から最終回まで設定制作を務めたあと、同じく第7スタジオの勇者斑に移りました。プロデューサー吉井(孝幸)さん、デスク古澤さんの下で、勇者シリーズにおいては『勇者エクスカイザー』で設定制作、『太陽の勇者ファイバード(以下、ファイバード)』から『勇者警察ジェイデッカー』まで制作デスクを担当、『黄金勇者ゴルドラン』でアシスタントプロデューサーになりました。
勇者シリーズはタカラさんと組んだ子ども向け玩具連動型のオリジナルアニメーションで、吉井プロデューサーが企画を動かし、谷田部(勝義)監督、平野(靖士)さんシリーズ構成、平岡(正幸)さんキャラクターデザインで、そして勇者ロボと呼ばれるロボットのデザインには大河原(邦男)さんが参加していました。古里的にはガンダムを描いた大河原さん――憧れの人です。打ち合わせでお会いできたのが本当に嬉しかったことを覚えています。『機動戦士ガンダム』や『無敵鋼人ダイターン3』『装甲騎兵ボトムズ』といった作品が本当に大好きだったので、大河原さんにお会いできたのは本当に感動もので。また大河原さんが優しいんですよ、「古里くん古里くん、これはね」と、いろいろ教えてくださって。ある日、大河原さんが「外に停めた僕の車を駐車場に移動して欲しいんだけど、古里くん車好きだよね!」と、鍵を渡してくれたのですが、それがなんと外車、カッコいいジャガーなのです。乗ってみたものの、各スイッチの位置が国産車と違っていて動かし方が分からないんです。いやはや、汗ジトでした。
実は私、日本アニメーションでもスタジオジブリでも、「お前ロボットアニメ、ガンダムが好きなら、なぜここにいるんだ。サンライズに行け」と言われていたんです。そこから巡り巡って、自分が大好きだったロボットアニメを作ったサンライズに入社して、勇者シリーズというロボットアニメに参加できた。そんな出会いに、なんだか不思議な縁を感じます。
――その後、プロデューサーとしてスタジオを持つことになりますが。
古里 私が33歳、『勇者指令ダグオン』制作の最初のころですね。色々考えることがあった悩み多き時期で吉井プロデューサーに相談に行ったんです。そうしたら「プロデューサーになるか?」と。最初は「この人なに言ってるんだろう?」と思ったんですが(笑)、実は以前、吉井さんに「将来なにをやりたいか? なにになりたいか?」と聞かれて、「プロデューサーになりたいです」と答えたことがあったんです。そのときは「じゃあ(『ファイバード』の)デスクな。オリジナル物の企画書書いてこい」と言われて、まずワープロを買いに行きました(笑)。2、3週間くらいで企画書を書いて提出しました。そんな経緯があったことを、思い出しつつ吉井さんに「(プロデューサーに)なりたいです」と答えました。そうすると当時、総務だった中川さんに会いに行けと。中川さんに会うと、3本ある企画の中から「どれをやりたい?」と問いかけてきました。わたしは、これ!と指さしたら、どれやりたい?と改めて問いかけて来るのです。……覚悟を決めて『新世紀GPXサイバーフォーミュラ(以下、サイバーフォーミュラ)』をやります!と伝えると、今度は指田さんに会いにいけと。指田さんには、ニヤニヤしながら「福田(己津央)が書いた企画書だ、読んでおけ」と企画書を渡されて、最終的に福田さんにお会いすることになるわけです。なにかのRPGみたいな始まりだなと思いながらも、いやいやおかしいだろうアイテムや軍資金をもらえたわけでも仲間が増えたわけでもないのに、丸裸で福田さんに会うの?って(笑)。そんなギャグみたいな展開で私のプロデューサー人生は始まったわけですけど、業界に入って13年目くらい、当時、自分でも次のステップに行きたい気持ちがあったんだと思います。そんな私の気持ちを吉井さんが感じてくれたのかもしれません。
そんな経緯で『新世紀GPXサイバーフォーミュラSAGA』のプロデューサーとして福田さんと一緒に作品を作っていくことになりました。本当にたいへんな作品ではあったんですが、そのおかげでいいこともたくさんありました。福田さんとの縁というのももちろんそのひとつですし、アニメの作り方、もっと言うとアニメの企画、営業宣伝、商品化について多くのことを学んだと思います。『サイバーフォーミュラ』という作品は、すでにTVシリーズで人気を得て、OVAが続いて作られていたので、周囲も「この作品は売れる」ということを理解してくれている。これは非常にありがたい状況で、アニメ誌さんであれば、編集部のほうから特集を組みたいと言っていただけたし、アオシマ(青島文化教材社)さんにはプラモデルを、ムービックさんにはグッズを作ってもらえた。さらにゲームも作りましたが、当時本格的レースゲームを作れなかったので、いつか作るぞって心に決めて、のちに達成できたので嬉しかったです。と、放っておいても先方から話が舞い込んでくるというのも当然あるのですが、こちらから営業に足を運んだ場合でも、歓迎ムードで前向きに話を聞いてもらえるわけです。実績を持っていない新人プロデューサーにとっては、本当にありがたい状況で、アニメ制作以外の部分でもさまざまな知識を得ることができたし、なによりもヒットすることが前提のような『サイバーフォーミュラ』という作品に最初に巡り合えたことで、貴重な成功体験を積むことができたと思います。
『サイバーフォーミュラ』は、新人のプロデューサーが勉強できる、経験を積める作品としての側面もありがたかったのですが、同時に他の作品にもプラスになる影響がありました。OVA『新世紀GPXサイバーフォーミュラSAGA』『新世紀GPXサイバーフォーミュラSIN』を作る傍らで、動かしていた2本のTVアニメ『星方武俠アウトロースター(以下、アウトロースター)』、『星方天使エンジェルリンクス(以下、エンジェルリンクス)』です。『サイバーフォーミュラ』の営業に行った際に、こんな作品もやっているんですとアピールできたことは、わたしにとって幸運でした。もちろん、『アウトロースター』は伊東岳彦先生の原作で、ウルトラジャンプでマンガ展開がある、監督は本郷(みつる)さんでシリーズ構成は千葉(克彦)さん……と、スタッフの名前を挙げただけでも十分に聞いてくださるだけの作品ではあったのですが、切り口の違う作品だったこともあって「合わせ技」のようにアピールできて、両作に興味を持っていただきやすかったのも事実です。また『エンジェルリンクス』はSFメカアクション物であり、美少女ヒロインが主人公というアプローチは珍しがられましたね。『アウトロースター』と『エンジェルリンクス』は「Toward Star Worlds」という共通の世界観を持つ物語で、中華宇宙世界にいろいろな星があって、それぞれの場所でいろいろな主人公たちのいろいろな物語があるという面白さがあります。当時は星方武俠シリーズとして3作目4作目5作目といろいろな妄想をして、続編の企画書をいくつか作っていました。残念ながら2作しか作れませんでしたが、この同一世界観で複数の作品を作るというフレームは、のちの『舞-HiME』シリーズの礎になっています。時代が隔たっていたりはしますが、『舞-HiME』のアリッサの血族が『舞-乙HiME』のアリカにつながる……、というような地続き感をちりばめたり、キャラクターシステムを取り入れたり工夫しました。これはまた別のお話ですが。
という具合に、95年からの5年間4作品を通して、自分のプロデューサーとしての企画の考え方やスタッフの集め方、宣伝の仕方に商品の売り方といった基礎作りと定型化をしていきました。当時はただただ一生懸命、目の前の仕事をこなして、さまざまなトラブルを改善していく中で、あっという間に時間が過ぎていってしまったのですが、改めて振り返ってみると、自分の作品作りのテンプレート、古里尚丈のスタジオのノリや流れのようなものが生まれたのが、この時期だったと思います。
そして2000年にやっと、オリジナル企画として『GEAR戦士電童』という玩具連動型のロボットアニメを作る機会がついに巡ってきたのです。
(その2)に続く
古里尚丈(ふるさとなおたけ)
1961年5月3日生まれ。青森県出身。
1982年日本アニメーションに制作進行として入社。1985年スタジオ・ジブリ『天空の城ラピュタ』制作進行。1987年サンライズ入社『ミスター味っ子』『勇者シリーズ』等、制作進行・設定制作・制作デスク・APを務め『新世紀GPXサイバーフォーミュラSAGA』からプロデューサー就任。『星方武俠アウトロースター』『GEAR戦士電童』『出撃!マシンロボレスキュー』『舞-HiME』『舞-乙HiME』他、オリジナルアニメーションを14作企画制作。
2011年2月企画会社、株式会社おっどあいくりえいてぃぶを設立。『ファイ・ブレイン~神のパズル』や『クロスアンジュ 天使と竜の輪舞』で企画・プロデューサー。『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』企画協力、『グレンダイザーU』アソシエイトプロデューサーとして参加。現在、ゲーム等参加、新企画を準備中。